SNSと虚構の時代を生きるためにーー「デス・ゾーン」「ヤンキー 母校に恥じる」河野啓に訊く、私たちができること

河野啓インタビュー

「実」が弱いまま「虚」を拡大させる

——最近はSNSやYouTubeといったネットメディアでは、情報への猜疑心もなく、事実の検証も無しに語る人が増えています。そうしたネットメディアを利用して、存在感を拡大させようとするインフルエンサーなども目立ってきています。たとえば昨年の兵庫県知事選においては、そうしたネットメディアが大きな影響を持ちました。

河野:彼らはTVをオールドメディアって言いますけど、私はオールドの誇りを今こそ持つべきだと思いすね。エンターテインメントの番組も含め、TVがなぜ人々のなかに広まったかというと、まず何と言っても戦時中の政府への大政翼賛的な報道を猛省して、「これからは社会の主役である国民のために有益な情報やエンターテインメントを伝えよう、、もっと元気で楽しい、未来のあるメディアにしていこう」というところから生まれたと思うんです。

——メディアの基本的な機能とは、権力の監視や批判のはずなんですよね。

河野:出発点はそこだったと思うんですよね。それが、逆を向いて弱い人間を集団で叩くようになっている。TVもそうですし、ネットメディアはたぶん、もっとひどいんでしょうけど。「恥ずかしい国になっちゃったな」って思いを強くしますね。それをどうすればいいのか、解決策を持っている人はいないと思うんですけど。

——どこで人がTVやSNSなどのメディアによって増長しだすのか、栗城さんや義家さんも自身の虚実の誤差について、どう感じていたのだろうかと思います。

河野:栗城さんは登山の実力から虚実の落差を思い知らされたと同時に、大好きだったSNSで叩かれるようになった。ヨシイエはやっぱり彼自身が抱える、周りに対して過度に反発してしまうという業みたいなものがあって、そこにメディアのいい面悪い面が影響を及ぼしちゃった。そういう哀しみを感じたりしますけどね。ヨシイエはへそを曲げちゃうと、誰も止められないというか、人の意見を受け入れられなくなるところがありました。ただ、ある時期までは、私やや北星余市高関係者の声に耳を貸す心のゆとりがあったんです。

  彼自身が有名になって、全国を講演で飛び回るようになって、母校を去った。さらには政界の迷路に入り込んだ、そこからの人間関係は大変だったでしょうね。栗城さんと違って、ヨシイエは自分の力を見誤ったというより、自分の居場所がわからなくなってしまったんじゃないかって、私は感じています。先ほど葛西さんがおっしゃったビデオゲームで、虚実皮膜というのを教えるようなことはできるんじゃないかなと思うんですけどね。虚実皮膜ゲームとして、遊んでいるうちにプレイヤーが「虚」を演じる愚かさに気づくような。

——栗城氏や義家氏の取材を通して私たちが学べるヒントがあれば教えてください。。

河野:「個」をしっかり持つしかないんじゃないでしょうか。周りに流されるんじゃなくて、自分の哲学というか、好みでも何でもいいんですけど「オレはこうする」「これだけはしない」というのを持っておくのは大事じゃないですかね。たとえば僕はエゴサーチをしません。ネットでいろいろ調べますけど、絶対に自分の名前とか、作品のエゴサーチをしないんですよ。嫌な話というのは、エゴサーチをしなくても「おい、こんなの出てるぞ」とおせっかいに教えてくる人もいて、ひどいことも書かれているんですけど……。自分にとって本当に大切な意見はネットで探さなくても入ってきます。

——最後に、今後の活動について伺えますか。

河野:今書いているのはは日本に住む外国人をテーマにしたノンフィクションです。日本の産業を支えている外国人は多くいて、いなくなったら成り立たなくなる産業もある。日本の限界や世界との関わり、様々な問題を提起しながらも温かな作品になりそうです。ノンフィクションというのはなかなか売れません。しかも時間ばっかりかかって、裏も取らなくてはいけない。だからネットでパパッと自分が見たこともないことを平気で言える人っていうのは、ある意味でうらやましいなあと思ったりもします(笑)。

  最後はやっぱり自分はどう生きるかって問題に行きつくんじゃないですかね。自分はどんな人間になりたいのか。いま多くの人にはそれがないのかもしれませんね。ただ、自分が本当に伝える意義があると思えるものじゃないと世に問えないですから。誰かが書いたことを孫引きしていても、人の心は動かせないだろうし、嘘を書くなら書かない方がいいし。そのあたりは自分に誇りを持って、誠実に書いていくしかないんだと思います。今の日本に息苦しさや薄気味悪さを感じる人たちに、作品を届けていきたいですね。

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