速水健朗のこれはニュースではない:カレーライス嫌いとパリス・ヒルトン

カレーライス嫌いとパリス・ヒルトン

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第21回は、カレーライス嫌いとパリス・ヒルトンについて。

『速水健朗のこれはニュースではない』ポッドキャストはこちら

僕はカレーライスが食べられない

 小学校の頃の野外炊飯の定番は、カレーライスである。皆でニンジンやジャガイモの皮むきをするところから始まり、中盤では、大きな鍋でタマネギと豚肉を炒めるメインイベントが訪れる。見た目もおいしそう、香ばしい匂いもする。この瞬間が最高到達点だ。僕はカレーライスが食べられない。なのでカレールゥを投入しこの料理がカレーになる以外の分岐が絶たれた時点で、心が無になる。ただその感情は人には見せない。単に場の空気を悪くするだけだ。食事の時は、片隅でふりかけだけでご飯を食べていた。

 一般に子どもはカレーが大好き。大人になって嫌いになることもないから大人だってカレーライスが好きだ。カレー嫌いは、珍しい。ゆえによく質問攻めにあう。「え、じゃあタイカレーは?」「スパイスでつくったカレーは別物だけど?」。質問者に悪意はないのだが、多数派によって攻められている気分になる。いつしか極論で切り返すようになった。

 「ご飯にじゃがいもをのっけて喜んで食べるなんて日本の特殊文化」。この主張を僕は、「ガラケー」が普及する前から使用していた。ただ、いつも同じ文句で切り替えされる。「ジャガイモを入れないカレーも多いよね」。そうなのかもしれない。ただ、こちらはそもそもカレーの最新知識が浅いので再反論の余地はない。

 カレー嫌いはADHD特性を持つ子どもの中に一定数いるのだという。食材単体は食べられるけど、他の食材と混ざると食べられなくなる。僕のケースはまさにこれだ。汁物をかけるご飯全般が苦手である。チャーハンのように端からご飯が白くないものは食べられる。だが、何かを乗せて、一部の色が変わってしまうのがダメ。白いご飯の部分だけを選んで食べる。少数派ではないということを最近になって初めて知った。

 カミングアウトついでにその他の偏食にも触れておくと、居酒屋メニューのおつまみにも苦手なものが多い。梅きゅう、梅水晶、セロリの浅漬け、山菜系が食べられない。かといって、偏食に自覚があるものは、自ら居酒屋での注文役を買って出ない。自分のバランスの悪さを知っているからだ。なので飲み会では、唐揚げや焼き物などの定番がきちんと注文されることを祈っている。それが悲劇をまねくこともある。

 最近、知人5人と沖縄料理屋に行った。注文役は、定番を避けるタイプだった。定番のゴーヤチャンプルーも海ぶどうもミミガーなどを頼まない。漫才でいえばランジャタイと真空ジェシカとトム・ブラウンという並びの感じ。でも、そこに文句は出なかった。皆、大人だから。僕は、2周目、3周目の料理が揃っても、食べられるものがない。小一時間経って、「追加でゴーヤチャンプルーと海ぶどうとポーク卵!」と逆きれ気味に注文した。誰かが言った。「あー、定番もいいね〜」。おせーよ。

それでもパリスはパーティーに出かけていく

『PARIS The Memoir』

 パリス・ヒルトンの自叙伝『PARIS The Memoir』の翻訳が出版された。彼女がどのような境遇で生きてきたのか、庶民には想像がつかない。しかし、自叙伝を読むことで、それまで抱いていた印象が大きく変わった。

 彼女はただ毎日パーティーにいるだけ。それなのに、なぜか彼女に不快感を覚える人々が少なからずいる。美貌に恵まれ、生まれながらの富裕層。それだけで敵が多い。そして、多動症。彼女の人生は12、3歳の頃からずっと変わらない。

 夜中に家を抜け出し、パーティーに繰り出す日々。彼女は、ほどほど楽しんで、夜中のうちにこっそり帰るということができない。騒ぎを起こし、朝まで帰らない。親は当然心配する。自宅謹慎させたり、おばあちゃんの家に隔離したり、修道院に入れようとしたり。最終的には、漫画『スケバン刑事』に出てくる堅牢な少年院のような施設に閉じ込められた。それでもパリスはパーティーに出かけていく。

 冒頭で、パリスは自分がADHDであることを告白している。多動症ゆえに、常にパーティーのような刺激を追いかける。そんな自分と向き合いながら生きているのだ。嘘をついて、反省することはない。彼女はリアリティー番組に出演し、世界的な有名人になった。不本意に撮られた性的な動画がネット上に拡散されたこともある。普及したばかりのP2Pネットワークが、その拡散を助長した。そして、SNSが全盛の時代になり、彼女は「インフルエンサー」と呼ばれるようになった。

 21世紀の今、リアリティー番組出演者も、セックス動画流出者も、インフルエンサーも珍しくない。しかし、全部、パリスが最初にやったことなのだ。まったく彼女の領域には届かないが、僕もパリス・ヒルトンの精神を少しだけ自分の中にインストールし、偏食の話をカミングアウトしてみた。

■書籍情報
『これはニュースではない』
著者:速水健朗
発売日:2024年8月2日 
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095

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