野球漫画「主人公だけ」で仮想日本代表チームを組んでみた「救援投手編」

救援投手が主人公の人気漫画

  今年はMLBではドジャースが優勝、日本ではDeNAがソフトバンクを下し大きな盛り上がりを見せていた。しかし野球ファンにとってのシーズンはこれからもさらに長くなる。第3回WBSCプレミア12はグループAが11月9日に開幕。まだまだ野球熱は終わりそうにない。
 
 では、主人公だけで野球チームを組むことは可能なのだろうか?  今回は野球漫画の「主人公だけ」で仮想日本代表を組んでみる。

■救援投手編(セットアッパー、クローザー)

  先発、中継ぎ、抑えの分業制が比較的最近に成立したものなのでリリーフ投手の主人公は先発投手に比べると少ない。

  先発投手をローテーション制にし、リリーフと役割を分業するようになったのはせいぜいが1970年代以降のことである。分業制黎明期の頃は、リリーフ投手が複数イニングを投げることが当たり前で、例として、殿堂入りしたブルース・スーター氏は1984年シーズンに45セーブで最多セーブを獲得しているが、122.2イニングを投げている。念のために注釈すると71登板すべてが救援登板である。スーター氏は最多セーブを5回獲得しているが、シーズン100イニング以上投げたことが5回ある。すべてリリーフ登板である。

  同じく殿堂入りしたリー・スミス氏も1983、1984シーズンに2年連続で100イニング以上投げている。すべて救援登板である。現在のように、クローザーが基本的に最終回のみ締めくくるようになったのはせいぜい、1980年代後半か1990年代以降のことで、当然、イニング数は減少した。エマニュエル・クラセは3年連続最多セーブを獲得している現代最強のクローザーだが、一番イニング数が多かったシーズンでも74.1イニングにすぎない。

  完全分業制の確立自体、歴史が浅いためリリーフをメインとする漫画のキャラクターの絶対数も少なくなる。なお、しつこいようだが野球漫画の「主人公」のみが選考対象である。

逢坂猛史『フォーシーム』『フォーシームNEXT』

さだやす圭 『フォーシーム(1)』 (小学館)

  最速150km/h前半程度とスピードはそれほどではないものの伸びのあるフォーシームを武器にメジャーリーグでクローザーとして活躍。

  変化球はスライダーはそこそこ、カーブ、フォークは見せ球レベルだが、制球力が高く、36歳のベテランらしい老獪な投球術も強みだ。劇中で逢坂は大ベテランの域に達し、日本では先発投手として終わった存在とみなされていたが、MLBでクローザーとして大活躍する。現実でもすでに一線級ではないと評価されていた斎藤隆氏が、36歳でMLBに挑戦してクローザーとして活躍し、オールスターゲームにも出場している。

  なお、劇中で逢坂の速球が伸びて見えるのは「初速と終速の差が小さいから」と説明されていたが、これは誤りである。現代の野球はデータ分析によりプレーの内容を数字で可視化することが可能になったが、伸びがあり奪空振り率の高い速球は、むしろ初速と終速の差が大きくなることが分かっている。アマチュア分析家でありながら、ダルビッシュ有もアドバイスを仰ぐほどの存在であるお股ニキ氏の著書『セイバーメトリクスの落とし穴』でも言及されている。

大場烈人『CLOSER〜クローザー〜』

田中晶、島崎康行『CLOSER~クローザー~(1)』(日本文芸社)

  平均球速150km/hをこえる速球とカーブ、ハードシンカーなどを操る剛腕。MLBでもクローザーを務めていた。強心臓で投球術にも優れており、ランナーを背負っても冷静に投球できるのも強い。ところで、劇中で大場が投げた「マチェーテ」と呼ばれていた球種は、カッター(カットボール)のようなスピードでスライダーのように曲がるような描写をされていた。スライダーとカットボールの中間のような描かれ方だったが、現実世界でもマックス・シャーザーがカッターとスライダーの中間のような球種を覚えたと明言している。ほか、クレイトン・カーショー、ジャスティン・バーランダー、ダルビッシュ有、ジェイコブ・デグロムなども同様の変化球を投げている。投球分析家のお股ニキ氏は「スラッター」と呼んでいたが、おそらく大場のマチェーテも現実ではそのような分類をされるだろう。

毒島大広『ストッパー毒島』

ハロルド作石『ストッパー毒島(1)』 (講談社)

  160km/hを超えるスピードで不規則に変化するムービングファストボールと鋭く曲がり落ちるチェンジアップの亜種「ブスジマチェンジ」が武器の本格派左腕。

  ブスジマチェンジは劇中ではオリジナルの球種とされていたが、握りは現実世界のバルカンチェンジに酷似している。シュート気味に曲がり落ちるような軌道で描かれていたが、軌道で分類するならスクリューボールと分類されるかもしれない。スクリューボールはカーブと反対方向に曲がることからリバースカーブとも呼ばれるが、この球種の使い手は絶滅危惧種である。

  かつての塩崎哲也氏が投げていたシンカーは軌道で言うならスクリューボール/リバースカーブである。デビン・ウィリアムズの投げるチェンジアップは独特の軌道から「エアベンダー」と呼ばれているが、利き腕の方向に曲がりながら落ちる軌道はスクリューボールのそれである。握りはサークルチェンジなのだが、リリースするときに外側に捻りながら投げているようだ。

  ちなみに、スクリューボールは左投手が投げるものというのは、野球ゲームの実況パワフルプロ野球がきっかけで広まった誤解である。スクリューボールの使い手は歴史的に左投手が多かったことから制作スタッフがそのように誤解したのだろう。MLBではブレント・ハニーウェルが数少ないスクリューボールの使い手だが、ハニーウェルは右投手である。投球分析家のロブ・フリードマン氏もハニーウェルの変化球を「スクリューボール」として紹介している。

  似た球種としてシンカーがあるが、本来の定義ではシンカーは利き腕方向に曲がりながら沈む、ムービングファストボール(ツーシームなどの動く速球)の一種であり、スクリューボールとは別物である。現役選手だと、クレイ・ホームズが典型的なシンカーの使い手で、ホームズのシンカーは最速160km/hを超えるスピードで鋭く曲がる。

凡田夏之介『グラゼニ』

森高夕次 、アダチケイジ 『グラゼニ(1)』 (講談社)

  特別なボールはないものの、左サイドスローの変則投法が売りのシチュエーショナルリリーバー(対左打者要員)。ベテランになってから(『グラゼニ~大リーグ編~』 )はナックルボーラーにモデルチェンジしているが、メジャーリーグでも左のナックルボーラーは聞いたことが無いので、初見の相手には強力な武器になるだろう。なお、劇中で夏之介の高校時代のエピソードとして、「他のチームメイトと比べて特に身体能力が高い」と描写されていた。夏之介のようなアスリート能力が高い選手を投手にするのは、日本野球的な文化である。アメリカや南米の野球強豪国だったら、他のポジションになっていただろう。(夏之介は左投げなので、ショートではなくセンターだろうか)

水原勇気『野球狂の詩』

水島新司『野球狂の詩 水原勇気編(1 )』(講談社)

 いかにもフィクション的な、男性選手にまざって一線級のプロリーグで活躍する女性選手。そのもっともよく知られた先駆け的な存在が『野球狂の詩』「水原勇気編」の主人公・水原勇気である。女性で、左アンダースローの変則投法ながら球速は140km/hを超え、独特の変化をする「ドリームボール」はじめ多彩な球種を操る。『ドカベン ドリームトーナメント編』で再登場し、水島新司氏の他作品のキャラクターとも対戦している。勇気の速球は手元で微妙に変化することから「ストレート変化球」と描写されていたが、現代的に言うならツーシームやカッターのような動く速球系のボールだったのだろう。

 『野球狂の詩』が1970年であることを考えると、すでに動く速球系のボールが球種として登場するのはかなり革新的である。ほぼ同時期に連載されていた『新巨人の星』がファンタジックな魔球で勝負していたのに対し、水島新司氏は現実的にあり得る設定で勝負していた。水島氏は生涯にわたって野球漫画を書き続けたが、時代を一歩先に進めた存在だった。

神堂マリ『マウンドファーザー』

野部利雄『マウンドファーザー(1)』 (小学館)

  こちらも女性選手。18歳の女の子ながら最速135km/hを計測し、多彩な変化球を操るサウスポー。ボールの出所が見辛い独特のフォームで、フォームだけ見ると和田毅を思わせる。

  選手としての能力とは関係ない事だが、マリは女性ながら180㎝を超える長身で、スタイルもルックスも良く、グラビアにも起用されている。勇気は劇中で「桜田淳子と山口百恵がおじぎしてとおるぐらい顔もスタイルもよろしおま」(東京メッツの監督、五利一平の談)と評されている。他の選手が全員男なので、彼女たちにいいところ見せたくてハッスルする副次的な効果が期待できそうだ。実際、『野球狂の詩』ではベンチ入りした勇気にいいところを見せたくてチームメイトたちが発奮する描写あった。

  ところで、漫画の世界ではこのように女性の選手が活躍する作品が存在するが、現実世界で女子選手のトップレベルはどの程度なのだろうか?実例として女子野球の最強投手、ジェネビーブ・ビーコムを挙げておこう。女性ながら最速138km/hを記録したビーコムはオーストラリアン・ベースボール・リーグ(ABL)のメルボルン・エイシズと契約し、2022年に男性選手に混ざってプロデビューしている。その後、アメリカにわたり2024年現在はアメリカのカレッジベースボールでプレーしている。2004年生まれであり、まだ20歳である。球速はどこまで伸びるのだろうか。

 『ドカベン ドリームトーナメント編』では勇気がコンスタントに140km/h代を投げていたが、女性でアンダースローでこの球速はさすがに絵空事だろう。現実でも、高橋礼(読売ジャイアンツ)が最速146km/hで男性選手でもアンダースローだとこれが図抜けて速い例である。参考までに、ルール上、アンダースローでしか投げることの出来ない(手と手首が必ず体側線を通過しながら球を離さなければならない)ソフトボールでは、ジャック・ベスグローブが138km/hを計測している。野球のルールではマウンドからバッターボックスまで距離が18.44mと定められているが、男子ソフトボールは14.02m(女子は13.11m)である。138km/hの体感速度は190km/hを超えるだろう。だが、男子のトップレベルですらこれが限度である。

  それに対して、マリの最速135km/hは現実の例と照らし合わせると、希少ではあるが十分あり得る設定である。女子野球の日本人選手だと、129km/hが国内公式戦の最速記録である。

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