小川糸、最新小説『小鳥とリムジン』に込めた想い「誰もが痛みや悲しみを背負ったまま生きて欲しくない」

小川糸『小鳥とリムジン』インタビュー

「誰かに優しくするためには、まず自分を大事にすることも必要」

――そういう物語を書こうと思ったきっかけが、何かあったんですか?

小川:新刊が出てサイン会をすると、小中学生のころに私の作品に出会ったという方が、今なお読み続け、しかも会いにきてくださるということがたびたびあるんですね。私自身は、読者の存在に救われているからこそ、この方たちが、これから歩んでいく未来で理不尽に傷つけられるようなことがあってはならない、痛みや悲しみを背負ったまま生きていくなんてことは起きてほしくない、と思いました。傷つかずに生きていくことは無理かもしれないけれど、どうか、時間をかけてもいいから、癒されていってほしいと。

――ああだから……わりと大人向けの小説ではあると思うのですが、十代の子たちが自分を守るためのすべを、与えてくれるような小説でもありましたよね。若い子たちにこそ読んでほしいと思いました。

小川:今の若い方たちの、自己評価の低さも以前から気になっていて。そのままでみんな魅力的なのに、どうして自分を卑下してしまうんだろう、他者と比べてしまうんだろうと、考えると、やっぱりそれは大人の責任のような気がしてしまう。だから、自己評価が低いのは決して彼女たちのせいではないんだけれど、自分から一歩を踏み出さなくては、心が満ちることがないのも事実。誰かに優しくするためには、まず自分を大事にすることも必要ですし、若い子たちが自分で自分をかわいがろうという気持ちになれるような作品になればいいなと思っていました。

――小鳥は、自称・父親のコジマさんが援助を申し出られ、彼の介護をしながら過ごす日々によってはじめて、安心できる居場所を得ます。でも、小鳥のロックされた心身を、本当の意味でほどいてくれたのは、弁当屋の店主である理夢人という青年でした。小鳥の再生を、性愛を通じて描こうと思ったのはなぜだったのでしょう。

小川:以前、死をテーマに『ライオンのおやつ』という小説を書いたのは、あまりにも死を遠ざけ、見ないふりをしているような風潮がある気がしたからでした。大きな黒い布で覆って、外からは見えないようにすることで、逆に不安や恐怖心が煽られている。一度、死とは何かということに真正面から向き合ってみたくなったんです。性に関する事象も、同じである気がしたんですよね。生きる上で無視できない、とても大事なものであるはずなのに、黒い布で必要以上に隠して、ないもののように扱っていると。

――特に日本では、性的な話をするのは、はしたないというような感覚がありますよね。こんなにも日々、性加害が起きて、女性も男性も苦しんでいるのに。

小川:だから今度は、性について真正面から考えてみようと思いました。『ライオンのおやつ』を通じても感じていたことですが、私は、肉体が滅んだからといって、すべてがそこで終わるとはどうしても思えないんです。一つの死の先で新たな命が再生されて、また誕生していくのではないかと。その循環に、性というファクターは切り離せない。だから、私にとっては今回の小説は、『ライオンのおやつ』を書いたからこそたどりつけたものでもありました。

――物語として書いてみて、何か気づきはありましたか。

小川:私が今暮らしているのは森の中――ほぼ原生林の大自然なんですけれど、まず、その環境で執筆していることも、大きく影響していると思います。自然の中には、先ほど申し上げたように、生と死だけでなく、再生もある。そこには何の理屈もなくて、ただ存在しているんです。あるがままの姿で生きることの尊さに触れて、人間もこうあるべきなのではないかと感じていることは、小鳥と理夢人の関係だけでなく、物語全体に反映されているのではないかと思います。

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