『新NHKにようこそ!』ひきこもり文学の傑作が令和にリビルド 滝本竜彦が描くいまの生きづらさと見える光

『新NHKにようこそ!』レビュー

 ストーリーにも大きな変化がもたらされる。女子高生で少し心が弱っている岬ちゃん以上に、社会人となった先輩の歪んだ心と振る舞いを描く部分が多くなっている。社会に出ればひとまずは安泰に暮らしていけて、結婚すればなおさら落ち着いた生活を送れた時代と違って、今はどこまでも将来に不安がつきまとう。そうした息苦しさの中で、学校や家庭とは違った悩みに心を苛まれる大人たちが、『新NHKにようこそ!』には登場する。

 『NHKにようこそ!』は、不穏な暮らしを続ける自分より、さらに不穏な境遇にある少女と出会って、自分に残っている真っ当さを発見し、そこから立ち直りへの道を探す展開の先で、将来への希望を見出すような物語だった。そうした時代を、どこか懐かしくそして幸せなものとして思わせるところが、『新NHKにようこそ!』にはある。佐藤達広が山崎と作ったエロゲーのCD-Rや、小学校で少女たちを撮影したデジカメが、時空を超え、タイムカプセルから取り出されるようにして佐藤達弘の手元に出現する描写が、そうした時代への郷愁を抱かせる。

 一方で、佐藤達弘が仲原岬とともに作り上げたものが、新たな可能をもたらす未来も示唆される。そして、岬ちゃんという存在が、時空を超えて傍らに変わらないまま居続けて、自分を鼓舞してくれたり省みたりする機会がもたらされることを願いたくなる。かつて『NHKにようこそを!』を読んで感涙した人たちは、そこに喜びを覚えるだろう。新たに『新NHKにようこそ!』を手に取る人は、岬ちゃんという変わらない存在を探してあたりを見渡すのだ。

 今から20余年の後に『NHKにようこそ!』が書かれるとしたら、激変する社会や環境の中で佐藤がおかれるだろう境遇は、どのようなものになるのだろう。想像するのも恐ろしいが、それでも岬ちゃんの不変にして普遍の愛らしさが癒やし、幸福へと導いてくれると信じたい。

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