立花もも新刊レビュー 探偵小説の注目作からDI犬の物語まで……今読むべき4選

古矢永塔子『夜しか泳げなかった』(幻冬舎)

古矢永塔子『夜しか泳げなかった』(幻冬舎)

  中高生に絶大な人気を誇るZ世代のカリスマで覆面作家のルリツグミ。小説投稿サイトから発掘されたデビュー作『君と、青宙遊泳』は余命いくばくもない女子高生と主人公のかけがえのない日々を描いた青春小説で、いわゆるブルーライト文芸と呼ばれるたぐいのもの。素直に感動する、あるいはくだらないと唾棄する、読んだ人の反応はそれぞれだけど、高校教師・卯之原朔也だけは違った。これは僕の物語だ、誰の目にも触れさせるつもりのなかった僕だけの物語だと衝撃とともに憤慨する。

  物語の内容は、卯之原が高校時代に出会った高校の同級生、日邑千陽と過ごした夏と、あまりに酷似していた。試行錯誤した末に、卯之原は、作者であるルリツグミ――現役高校生の妻鳥透羽(とうわ)と接触することに成功する。妻鳥が、卯之原が勤務する高校に転入してきたのだ。

  日邑との死に別れは、小説で書かれているような美しい物語ではなかった。日邑の事情になんてかまっていられないくらい、当時の卯之原も追い詰められていて、いっぱい傷つけられたし、傷つけた。その、自分たちだけの記憶を、クソみたいな現実を、お涙頂戴の感動ストーリーに改変するなんて、日邑自身がいちばん憎んでいたことではないのかと卯之原は思う。なぜ日邑は、妻鳥にそんな物語を書かせようと思ったのか。過去と現在だけでなく、作中作と交錯させながら「何が起きたか」に本作は迫っていく。

  その過程が、あまりにひりひりとした感情に溢れていて、そしてつい「物語」で現実をごまかそうとしてしまう読者である私たちの弱さも突き付けてくるようで、何度か読み進めるのを躊躇した。でも、たとえ嘘やごまかしが織り交ぜられていたとしても、過度に美しくコーティングされていたとしても、人の心の本質は、必ず物語や記憶の奥底に潜んでいる。最後に卯之原がたどりついた日邑の想いに触れてぜひ、彼らの「本当」に触れてほしい。

前川ほまれ『臨床のスピカ』(U-NEXT)

前川ほまれ『臨床のスピカ』(U-NEXT)

 病院職員の一人として患者をケアするDI犬。DIとは〈Dog Intervention〉の略で、直訳すると〈犬の介入〉である。スピカという白い大型のDI犬を中心に、動物介在療法と呼ばれる医療行為をテーマに描かれていく本作を読んで思い出したのは、イギリスに住むおばが、やはり大型の飼い犬を連れて小児病棟を訪ねていたときのことだ。ナラ、と呼ばれたその犬は子どもたちに大人気で、病状によっては長期入院している子どもたちが、ぱっと顔を輝かせて、心の底から楽しむ姿を見て、心が打たれたものだった。この触れ合いでしか得ることのできない何かがあるのだと思わずにはいられなかった。

  第一話では、やはり小児がんを発症し長期入院する少女が登場する。視点人物は父親で、白衣より清潔といわれても犬とたわむれるなんて衛生的に問題はないのか、などと案じる場面を通じて、スピカとは、DI犬とはどういう存在なのかが描かれていく。退院したら思いきり遊ばせる、そのためにも今は治療を最優先したいと考える父親の気持ちはもっともだけど、ハンドラー(スピカの責任者)である凪川遥の〈小児の『遊び』は、発達に関係する大切な活動です。入院したからと言って、成長が止まることはありませんので〉という言葉が響く。退院後の生活に目を向けることも大事だけれど、入院中の今この瞬間も、同じように大切な日々なのだと。それを支えるためにも、スピカはいるのだと。

  スピカが支える患者は、子どもに限らない。強迫性障害の少女や産後うつの女性など、さまざまな苦しみを抱えながら、どうにか明日をめざそうとする患者たちが描かれる。DI犬だけでなく、個別の病症に対する理解が自然と深まっていくのは、現役看護師である著者ならではの描写だろう。凪川もふくめて、痛みを知らずに「今、ここ」に立っている人間など一人もいない。

  入院するほどでなくとも、絶望に押しつぶされそうになっている人は、たくさんいる。そんななか、誰の言葉が届かなくても、ただ命のかたまりである動物とのふれあいが救ってくれるものはきっと、あるだろう。読みながら、スピカのもたらす光に、読み手である私たちの心もほのかに照らされる。と同時に、DI犬の導入がもっともっと推進されればいいのになあ、と切に願う。

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