明治~大正時代を舞台とした少女のサバイバル物語ーー永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』がメチャクチャ面白い

永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』が面白い

 そんなかな子の根底にあるのは、檜垣澤家でいいように扱われることへの怒りであろう。父親の要吉を慕っていた彼女は、檜垣澤家の一員であるという意識を持ち、自分の権利を手に入れようと、ひそかに力を蓄えているのだ。物語の時間は十数年にわたり、エピソードは山ほどある。スヱの手の平の上で転がされながら、しだいに他人を転がす術を覚えていくヒロインの姿に、一喜一憂してしまうのである。大逆事件・欧州大戦(第一世界大戦)・戦後恐慌・スペイン風邪などの史実が、直接間接絡まってくる骨太なストーリーも、大いに楽しめた。

 さらに本書は、読みごたえのあるミステリーにもなっている。まだ幼かった頃のかな子は、檜垣澤家の蔵から火が出ているのを発見。さいわいにもボヤで済んだが、蔵の中から、花の夫で、婿養子の辰市の死体が見つかる。事故死として処理されたが、本当にそうだろうか。後半になって真相が露わになると、そこから怒涛の展開。新たな事実と真実が、次々と明らかになり、圧倒されてしまうのだ。ミステリーとして見ても、今年の収穫と断言できるのである。

 ところで、母親の死から始まり、まだ短いかな子の人生は、妙に火事と縁がある。タイトルが『檜垣澤家の炎上』なので、いささか突っ込んで書いてしまうが、本書は火事に始まり火事に終わる物語ともいえる。もともと当時の横浜は火災が多かったようだが、火事の多用は意図的なものであろう。

 これに関連して、かな子が横浜のことを、「火難の地ですから」といっていることに注目したい。この言葉で私が連想したのは、パレスチナ地方の古称である〝カナン〟である。旧約聖書では、神がイスラエルに与えた約束の地とされている。かな子(この名前もカナンを連想させる)にとって、横浜は、檜垣澤家は、約束の地なのだろうか。実はまだ分からない。物語は彼女が、新たな人生に踏み出すところで終わるからだ。

 書評では詳しく触れなかったが、女学校でかな子と親友になった東泉院暁子、かな子の人生の節々に現れる西原匡克、かな子と縁を持つある人物など、檜垣澤家以外にも重要な登場人物が何人もいた。彼らとの今後の関係も気になる。だから作者にお願いしたい。昭和戦前篇と戦後篇も執筆して三部作にしてもらえないだろうか。かな子という魅力的な女性と、その周囲の人々の一生を、知りたくてたまらないのである。

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