「名探偵らしからぬ物語に」今村昌弘『明智恭介の奔走』インタビュー『屍人荘の殺人』の人気キャラをどう描いた?

今村昌弘『明智恭介の奔走』インタビュー
『明智恭介の奔走』(東京創元社)

 数々のミステリランキングで1位となった今村昌弘のデビュー作『屍人荘の殺人』(東京創元社)の人気キャラクター・明智恭介を主人公とした連作短編集『明智恭介の奔走』(同)が、2024年6月28日に刊行された。『屍人荘の殺人』では物語の前半で退場してしまうキャラクターながら、その個性的な振る舞いで読者に強い印象を残した明智恭介。今回の連作短編集では、『屍人荘の殺人』以前に、助手であり神紅大学ミステリ愛好会の唯一の会員である葉村譲とともに挑んだ知られざる事件が描かれる。ファンにとって待望の〈明智恭介〉シリーズを描くにあたって、今村昌弘はどんな工夫を凝らしたのか。『新世代ミステリ作家探訪』などの著作を持つミステリ書評家の若林踏が、今村昌弘にインタビューを行った。

面倒見が良い先輩キャラクターに変わっていった

今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社)

——『明智恭介の奔走』(以下、本書)は、今村さんのデビュー作『屍人荘の殺人』に登場する神紅大学ミステリ愛好会会長・明智恭介を主役にした連作短編集です。『屍人荘の殺人』において明智はすぐに物語から退場してしまったので、まさか主人公として再登場を果たすとは思っていませんでした。背景には明智のカムバックを望む多くの読者の声があったのでは、と思いますが、今村さんご自身は意外に感じていたのではないでしょうか?

今村:はい、正直に言うと意外でした。日本を代表する名探偵キャラクターの明智小五郎と神津恭介からもじった名前からも分かる通り、『屍人荘の殺人』において明智恭介はコメディリリーフのような立ち位置のキャラクターとして当初は考えていたんです。ですから作中で明智が退場した場面でも、おそらく大概の読者は「ああ、やっぱりね」という反応を示してくれるだろうな、と思っていました。ところが、いざ蓋を開けてみると「明智が物語からいなくなってしまって、とても悲しくなりました」という声を多く読者からいただいたんです。サイン会でも「明智恭介が出てくるお話は書かないんですか?」「明智が活躍する物語をもっと読みたいです」と、お声がけいただく機会が多かったですね。『屍人荘の殺人』から順番にシリーズを読んでくださっている読者は特に明智恭介への思い入れが強い方が多いようですが、それにしても「まさかここまで支持されるとは」という驚きがありました。

——想定以上に明智恭介が人気キャラクターに育っていたのですね。

今村:そうですね。ただ、振り返ってみると明智が読者に支持される存在になった理由は分かる気がします。『屍人荘の殺人』を書いている最中は明智をもう少し嫌な人物として描こうかな、とも考えていたんです。ミステリに詳しくて、ちょっと鼻につく大学ミステリ研究会の先輩のイメージで。でも、書いていくうちにどんどん明智が後輩に対する面倒見が良い先輩キャラクターに変わっていったんです。作者としては特に意識していなかったのですが、結果としてとっつき易い性格になったことで多くの読者から愛されるキャラクターになったのではないかと、今では思っています。

——そもそも明智を主人公にした連作短編をまとめる構想は、いつごろ出てきたものなのでしょうか。

今村:三作目の『兇人邸の殺人』を刊行した頃だと思います。本書の収録作のうち、最初の一編である「最初でも最後でもない事件」は『屍人荘の殺人』の映画公開に合わせて発表した作品です。その後、『兇人邸の殺人』の刊行した時に「東京創元社の鮎川哲也賞でデビューした新人作家さんは三作目を出した後に短編集を刊行することが多いので、そろそろ今村さんも出してみませんか?」という話をいただきました。そうであれば、再登場を望む声が多い明智を主役にした連作を書いてみようか、と思い至った次第です。

今村昌弘『魔眼の匣の殺人』(東京創元社)

——『屍人荘の殺人』では剣崎比留子という謎めいた少女が登場し、『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』と以降のシリーズ長編でも探偵役を務めます。同じ探偵役として描く際、特にどのような点で剣崎比留子との違いを出そうと思いましたか?

今村:剣崎比留子シリーズとの違いは、大きく二つあります。一つは明智が様々な失敗をすること。本格ミステリにおける名探偵らしさを剣崎比留子が体現しているのだとしたら、明智はちょっと間の抜けたひとりの大学生で、色々な失敗を経験するキャラクターとして描きたかった。もう一つは語り手である葉村譲が後輩視点から明智を見た時の物語を描くことです。長編でも葉村の視点から書いていますが、そこでは起きている事件を第三者の立場から冷静に状況を見る姿勢が強く出ていると思います。いっぽう、明智恭介が活躍するシリーズでは変わり者だけれど愛すべき先輩を見つめているという、葉村の明智に対する思い入れが語りの中から滲み出る形で書いています。ここには作者である私自身が実際に大学生活で先輩のことを見ていた時の感覚が反映されている気もしていますね。

今村昌弘『兇人邸の殺人』(東京創元社)

——確かに本書では剣崎比留子シリーズに比べて愉快な感じがより前面に出ていますね。これも風変わりな先輩を見る後輩の視点という要素が大きいからだと思います。

今村:僕はもともとライトノベルが好きで、デビュー前にはポップな雰囲気の文章で綴った物語が書きたいと思っていた時期もありました。本書でキャラクターの明るく軽妙な感じを引き出すことが出来ていたのならば非常に嬉しいです。

——連作短編集として本書を通して読むと、大学だけではなく様々な場所を舞台に選んでいますよね。この点は意識して各話を書かれていたのでしょうか?

今村:もちろん意識はしました。今回大事にしたかったのは、色々な角度から明智恭介というキャラクターを掘り下げることです。事件が起きる場所を大学構内に限定せず、例えば大学近くの商店街やアルバイト先を舞台にすることで明智を多面的に描くことが出来れば良いな、と考えました。

——なるほど。それによってバリエーションに富んだ短編集に仕上がったと思います。

今村:ありがとうございます。本書に限らずですが、私は小説を書く際には「なぜ、このキャラクターで物語を書かなければいけないのか」ということを強く意識します。単に学園ミステリを書きたいのであれば、別に明智恭介ではなく剣崎比留子を主人公にして書いても良いんです。そうではなくて、明智を主人公に相応しい物語とは何か、とキャラクターを起点にして考える。そこから大学内に限らず様々な場所を舞台に選んだり、お話自体も名探偵らしからぬ物語を書いたりしました。「そのキャラクターを選んだ理由」というものは、常に心掛けながら小説を書いていますね。

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