「翻訳家は不要な職業に?」AI翻訳で漫画を海外向けに増産で批判続出 本当に危険なものになる?
■生成AIに漫画を翻訳させる計画発表
5月6日付の日本経済新聞の報道によると、AI翻訳を使い、日本の漫画輸出を5年間で3倍以上に増やすべく、官民の取り組みが始まるのだという。AIで漫画を翻訳する新興企業に対し、大手出版社の小学館を筆頭に、経済産業省所管の産業革新投資機構(JIC)系などの10社が29.2億円を出資したと報じられている。
現在、日本の漫画は翻訳家によって一作一作ごとに翻訳され、出版されている。そのため、輸出に際しては大きな手間がかかっており、どうしても売れ筋の作品に絞られる傾向にあった。報道によれば、AIに活用によって漫画の輸出作品数が増えれば、日本のコンテンツ産業の成長が促進されるというのだが、これに多くのネット民が賛否両論様々な意見を寄せている。
AIに関する話題は、連日のようにSNS上で“推進派”と“規制派”が激しい論争を繰り広げているが、「日本の漫画を本当にAIが正確に翻訳できるのか」「微妙な心情などのニュアンスはプロの翻訳家でも難しい、AIができるのか」といった趣旨の意見も飛び交っている。
■ネット上では賛否両論
この件に関しては多くの識者も意見を述べている。HALライティングカレッジ代表の豊田憲子氏はXで、「産業文書ですら機械翻訳やAI処理で『誤訳があり、ときに正反対の訳を出力したために大問題になった』事案があったはず。なのに、AI利用で『翻訳速度を最大10倍に高め』ることが漫画コンテンツ発展につながると思っているなら大間違い」と述べた。
リアルサウンドブックでインタビューを実施した漫画家の樋口紀信氏は、漫画家という立場から「日本語の…しかも漫画の台詞をAIで翻訳し切るのは無理があるんじゃないか…?」と語った。記者の西村カリン氏は、「お金を稼ぐためにAI翻訳を利用してしまう。一生懸命に日本語を勉強した海外の翻訳者の仕事がなくなる。海外出版社も読者も喜ばないよ。政府がこんな変化を推進するのは間違いだ」と懸念を表明している。
翻訳家の鴻巣友季子氏は、「AI翻訳を後から人間が修正するんだと思うけど、漫画の会話はハイコンテクストだし、『絵を読んで翻訳す』ことも必要だから、チェックの労力も能力も余計にかかると思う。最初から人間が訳した方が良くない…?」とコメントしている。ネット上では、「かえって人間の仕事が増えるのでは」と反発する声が多くみられる。大手出版社のある編集者はこのように話す。
「もしかすると、漫画は文字数が少ないしセリフも簡潔だから、小説よりも翻訳しやすいと思っているかもしれない。でもそれは大間違い。日本の漫画の独特の表現、言い回しはAIでは翻訳が難しいと思う。歴史漫画などは時代背景について理解がないと翻訳できないだろうし、翻訳機を通して出てきた言葉をそのままセリフに当てはめればいい、というわけにはいかないでしょう」
◾️修正を人間がすることが前提
さて、Xでは批判的な意見が大半であり、肯定的な意見はほぼ見ることはできない。賞賛する意見はほぼゼロと言っていい状態だ。一つ言えることは、新しい技術ゆえに多くの人が戸惑いを見せているのは事実であろう。
そもそも、AIの翻訳をそのまま出すのであれば問題が多い。今回の事業はAIの翻訳を100%採用するのではなく、あくまでも人間がチェックすることが前提となっている。AIの本来の活用の理想系はそうだったはずだ。AIでは不十分な要素を人間が補ったり、AIをアシスタントとして活用するシステムを構築していけば、スムーズな翻訳作業が可能になるのではないか。そして、人間と共生の関係を築けると思うのだが、どうだろうか。
もちろん、確実に生じる不備のチェックを行う人や、AIでは不十分な感情表現などの翻訳を務める翻訳家の人材育成は不可欠になってくる。そうしたところに、今のうちに十分な資金を投じておくべきだ。そして、AIに関する議論がこれだけ盛り上がっている以上、プレスリリースを出す側も具体的にどのように活用していくか、一層細かなビジョンを示す必要があるだろう。そうしなければ、AIに関する議論は進展しないはずだ。
AIは活用次第では、産業や文化にとって大きなプラスにある可能性を秘めた技術である。しかし、現時点ではダークなイメージが付きまとっている。特に、その道のプロからは、仕事を奪われるのではないかという懸念が大きい。そうした疑念を払拭できるように、活用にあたっては丁寧な説明が求められるのは間違いない。
そもそもなぜ、AIに資金が集まるのか。シンプルに言えば最先端の技術であるため、投資家の注目を集めやすいためである。医学でいえば再生医療に投資マネーが集まりやすいのと同じであり、今度、大きな成長が見込まれる産業界のトピックであるためだ。しかし、日本のコンテンツの発展のためには、まずは漫画を実際に描いている漫画家を支援することから始めたほうがいいという意見もある。AIが日本漫画の発展にどう寄与できるか、注目される。
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