インネパ系カレー屋、日本全国に4000~5000軒もあるのはなぜ? ネパール人が育んだ独自の料理体系の謎
気がつくと、日本全国どこの街にもできていたインドカレー屋。メニューは判で押したように「バターチキンカレーを中心としたカレー数種、巨大なナン、タンドリーチキンやシークカバブなど肉料理、謎のドレッシングがかかったサラダ」の組み合わせで、どこで何を食べてもなんだか似たような味がする……。
カレーマニアからは「インネパ系」とも呼ばれ、ともすれば避けられがちなこのタイプの店は、一体なぜここまで数を増やし、なぜ似たようなメニューばかりを提供しているのか。この謎に迫ったのが、室橋裕和による新書『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』である。本書によれば、諸説あるものの現在日本にはインネパ系のカレー屋が4000〜5000軒あるという。その影響力は凄まじい。筆者が住んでいる神戸には現地出身のお母さんがそれは見事な南インド料理を出す店があるのだが、ランチメニューにはタンドリーチキンとナンとカレーのセットも並んでいる。文脈が全然違う店でもインド料理店であるならばインネパ的メニューを並べなくてはならないくらい、日本人の頭に「インドカレーといえばこの感じ」というイメージを刷り込むことに成功したのが、インネパ系なのだ。
しかしそもそも、インネパ系カレー店には謎が多い。「インドカレー」を出しているのになぜネパール人が経営や調理を担当しているのか。なぜここまで似通ったメニューで統一されているのか。なぜネパール料理は出さないのか。なぜナンばかり出てきて、チャパティなど他のインドのパンは出てこないのか。あんこや明太子まで入った、どう考えてもインドには存在しないであろうナンが存在しているのはなぜか。なぜあんなに安価にカレーとナンのセットを出しているのか。そして、なぜ日本全国どこに行ってもこのタイプの店が存在するのか。考えてみても全然わからない。あんなにあちこちにあるのに、我々はインネパ系カレー屋のことを何も知らないのである。
著者の室橋氏はこのような疑問を入り口に、日本に暮らすネパール人の社会に入り込んでいく。日本でネパール語の新聞を発行しているジャーナリストから、実際に店を経営しているネパール人、彼らに什器を販売している業者などを糸口に、これらの疑問をひとつづつ解き明かす。ぼんやりと疑問に思っていた謎が解かれていく様はなかなかスリリングで、「そうだったのか〜!」と驚く部分も盛りだくさんだ。
特に「なぜメニューが似通っているのか」という疑問の答えには、独立以前からの日本とインドの歴史と日本におけるインド料理需要の経緯が絡んでおり、100年以上に及ぶ歴史の上にインネパ系のあのメニューが成り立っていることがわかる。この辺りのエピソードは、読んだら人に話したくなること請け合いだ。
これらの疑問に関する答えを具体的に書いてしまうと本書のネタバレになってしまうので、そこに関してはここでは控えたい。印象的だったのは、疑問に対する答えの中から浮かび上がってくる「移民」としてのネパール人の悲哀、そしてしんどい暮らしの中でも成り上がることを忘れないしたたかさである。つまるところインネパ系カレー屋というのは「各地の中華街にある食べ放題を売りにした中華料理屋」とか「なぜか価格が綺麗に横並びなケバブ屋」とか「コリアタウンの焼肉屋」などの仲間であり、そこには日本の法制度や行政、経済状況の変化と密接に関係した移民のダイナミズムがある。
ネパールに限らず海外への出稼ぎにつきもののダークサイドはインネパ系カレー屋にもあり、本書ではそこにも触れる。だが、そのダークサイドへの記述を読んだ上でも、やっぱり心に残るのはネパール出身者のひたむきさ、今日よりもいい暮らしをして故郷に錦を飾りたいというガッツ、家族にいい暮らしをさせたいという熱量である。日本におけるインド料理需要の歴史というベースの上に切実な願いが乗っかって、インネパ系のカレー屋は成立している。