『十二国記』の主人公は誰になる? 山田章博が描くことでより深みを増した“強烈なキャラ”から考察
異世界に転移・転生して大冒険を繰り広げる。中華風の王朝で戦乱を乗り越え権力闘争に勝ち残って成功を掴む。今のライトノベルシーンで賑わっているふたつの要素を含んだファンタジーを、30年以上も前から紡ぎ続けて来たのが小野不由美の「十二国記」シリーズだ。そのシリーズで表紙絵や挿絵を手がけた山田章博の画集『「十二国記」の絵師 山田章博の世界』(新潮社)が登場。登場人物や物語世界のビジュアルが、「十二国」世界を鮮明で奥深いものにしたことが分かる。
『十二国記』の強烈なキャラたち。主人公は誰?
「十二国記」シリーズの主人公は誰だろう。新潮文庫ファンタジーノベルシリーズから刊行されたホラー小説で、後に「十二国記」シリーズに含まれるエピソードだと分かった『魔性の子』(1991年)に登場する高里要こと泰麒が、最新作となる『白銀の墟 玄の月』(2019年)での活躍もあって、主人公に相応しいと推す声がひとつにはありそうだ。
『風の海 迷宮の岸』(1993年)で現代の日本から「十二国記」の世界へと連れて来られた10歳の少年が、日本へと戻って屈従を味わい、再び「十二国記」の世界へと帰って来て策謀を巡らせるまでになる成長ぶり。その過程をそれぞれの作品でイラストとして描いた山田章博によるビジュアルとも相まって、シリーズでも中心に立つキャラクターだと思いたくなる。
そうではない、中嶋陽子こそが主人公だという声も泰麒に負けない大きさを持っていそう。「十二国記」シリーズの最初の作品『月の影 影の海』(1992年)に登場して、女子高生として暮らしていた現代の日本から「十二国記」の世界へと連れて来られた陽子は、自分を襲う者たちから逃げ、食事にも困る過酷な旅を経て慶国の王になる。まさしくヒロイン中のヒロインといった活躍ぶりだ。
山田章博が描く陽子のビジュアルが、そのヒロイン性をさらに強いものにする。「十二国記」シリーズを最初に刊行した講談社ホワイトハートX文庫でも、現在の刊行元となる新潮文庫でも、セーラー服姿で手に剣を持った真っ赤な髪色の少女として描かれて、見る人の目を射貫く。弱々しさよりも猛々しさが感じられるその姿を目にして、作中の艱難辛苦を乗り越えて王位を得る物語を読めば、陽子以外に「十二国記」の主人公はあり得ないと思えてくる。
まったく違う、珠晶をおいて「十二国記」シリーズの主人公はいないという声もありそうだ。『図南の翼』(1996年)に豪商の娘として登場する珠晶は、何不自由のない暮らしをしていながらも、王が不在で乱れる恭国を立て直すのは自分だと確信し、麒麟によって王に選ばれるために蓬山を目指して突き進む。12歳でありながら聡明で心も強い少女に、英雄の姿を見たくなって当然だ。
俺を蔑ろにするなと、延王こと尚隆も割り込んできそう。漂白の中で王位の簒奪者から命を狙われ、危機にあった陽子に延麒の六太と共に手を差し伸べた好漢。『東の海神 西の滄海』(1994年)に)では延王となってまだ間がなく、揺れ動いている雁州国を立て直そうと活躍する。「十二国記」シリーズきっての王中の王だと言える存在感の持ち主だ。
もっとも、活躍の場が陽子のサポートだったり、泰麒の捜索だったりしてどうしても脇役めいて見えてしまう。TVアニメ『十二国記』では、『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファの吹き替えと同じ相沢まさきが声を演じたイケオジだが、主人公レースで女子高生や美少年、美少女の前に出ることはかなわない。
他にも、異世界へと飛ばされ騙され続けてすさんでいた陽子の心を癒やした楽俊も、ネズミ姿の愛らしさから主人公へと“推し活“する勢力もありそう。ネズミなんてと嫌がる声も出そうだが、そこは山田章博がイラストに描いた、つぶらな瞳とフワフワとした毛並みを持ったネズミの愛くるしい姿がモノをいい、バケモノでも害獣でもない大切なパートナーとして楽俊の存在を印象づける。
このように、「十二国記」のシリーズでは、泰麒にも陽子にも珠晶にもそれぞれに物語があり、それぞれが強い意志を持っていて、それぞれの道を歩もうとするストーリーが順繰りに紡がれていく。こうなると、誰を主人公ということは難しい。むしろ全員が主人公だと言いたくなる。陽子に仕える景麒も、泰麒が王に選ぶ驍宗も、『風の万里 黎明の空』(1994年)で苦悩する祥瓊や大木鈴といった少女たちも、誰もが主人公だと言いたくなるくらい、人格を持って人生への感涙を誘う描かれ方をしている。