後藤護が漫画史を「暗黒」に塗りつぶす! 異色の漫画評論本『悪魔のいる漫画史』が放つドス黒い真価

 そして、作品を解体して得たパーツをあらゆる分野の芸術・カルチャーへと接続してみせる。Aをテーマとして、一見して関係なさそうなBを引き合いに出し、その通底する部分を論じ、作品の核へと迫る。ここぞまさに後藤護から読者への知の闘争を仕掛ける本領であり、何よりのお楽しみとも言える。漫画を起点に、文学の分野ではポーやユイスマンス、音楽ではサウンドガーデン、カート・コバーン、SPK、非常階段、映画では『悪魔のいけにえ』、ギレルモ・デル・トロ、クエンティン・タランティーノ等々、様々な存在が取り上げられている。まさにアヴァン・ポップの百鬼夜行。これらの引き合いに出されるタイトルの選定からは、著者のカルチャーの枠を超えた造詣の深さを再認識させられると共に「コレを論じるにあたってソレを出すの?」と読者の意表を突くいたずらっ子のような諧謔味も感じさせる。本書はポピュラーな漫画を題材としているがゆえ、後藤護のユーモア感覚が最も分かりやすく現れた一冊になっているのではないか。

 本書を読むと、後藤護の博識に唸らされ、そのユーモアに笑わされるだろう。だが同時に、書中に散りばめられた膨大な固有名詞の数々は、読者に受容の体勢のみを許さない。漫画を起点にあらゆるカルチャーへの扉を開いてゆく本書は、漫画評論のみで完結することなく、読者の興味も同時に異文化へと連れてゆく。「この漫画が好きだから」という理由で読んだが最期、読了後にはあなたの興味は全く別の領域へと飛散することは必定だ。日野日出志作品への興味が、気づいたらSPKへと移っているかもしれない。山岸凉子作品への愛着から読み進めると、不思議とフライング・ロータスが撮った映画を観たくなっているかもしれない。あらゆる文化へと開くポータル、それが本書の真価であると断言できる。さすれば、本書のタイトル『悪魔のいる漫画史』の「悪魔」とは、カルチャー間を隔てる壁に扉を作り、そこをこじ開け、知と興味を自由闊達に往復させることを可能にするマクスウェルの悪魔……後藤護自身のことではないかと思えてくるのだ。

 かくして本書をイッキに読み干し、熱にうかされたようにレビューを書きあげた次第だが、やはり後藤護という暗黒評論家の持つ慧眼、筆力には「まいった!」の一言である。僕が愛するローコンテクスト(明白)なスプラッター映画も、ハイコンテクストな芸術も、全てを咀嚼したうえで形成されたこれらの論評は、あらゆる色を混ぜ合わせたがゆえの「暗黒」としか言いようがない。それも途方もなく面白い暗黒だ。この打ちのめされ感も含めて、後藤護への苦手意識が高まるばかりである! しかし、氏による漫画評論シリーズの次作がもう読みたくて仕方がない。次回は、日常と異常を往復する作家、西岸良平を取り上げるのはいかがだろうか? などと望まれてもいない提案を口走ってみたりして……。

■書籍情報
『悪魔のいる漫画史』
著者:後藤護
発売日:2023年12月21日
価格:2,750円(税込)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:四六/320頁
ISBN:978-4-909852-46-5
購入はblueprint book storeにて

【目次】
第1章 楳図かずおのゴシック・マンガ
ーー「赤んぼう少女」から「まことちゃんハウス」まで
第2章 楳図かずおと恐怖のトートロジー
ーー『神の左手悪魔の右手』における鏡・分身・反復
第3章 『ポーの一族』と「ロマンティックな天気」
ーー 疾風怒濤からロココ的蛇状曲線へ
第4章 『アラベスク』に秘められたグロテスクなデーモン
ーー山岸凉子のバレエ・ゴシック【前篇】
第5章 乙女と奈落~『舞姫 テレプシコーラ』で『ヴィリ』を読む
山岸凉子のバレエ・ゴシック【後篇】
第6章 怪奇マンガの帝王、古賀新一の魅力再考
ーー澁澤龍彥が『エコエコアザラク』に与えた影響
第7章 日野日出志「蔵六の奇病」と虹色のデカダンス
ーーユイスマンス『腐爛の華』から考える「腐れの美学」
第8章 丸尾末広と「独身者機械」
ーー初期エログロナンセンス作品から最高傑作『パノラマ島綺譚』まで
第9章 楠本まき『KISSxxxx』論 前篇
ーーキュアーで踊る、ハッピーゴスの誕生
第10章 楠本まき『KISSxxxx』論 後篇
ーー日常という名の「不思議の輪」
第11章 百科全書派ゴシックとしての『フロム・ヘル』
ーーパノラマ的視点の問題を突く
第12章 チャールズ・バーンズ『ブラック・ホール』とタラッサ的退行
ーーシアトル、グランジとの同時代的共振
第13章 「河童の斬られた片腕」の謎
ーー水木しげる『決定版 日本妖怪大全』
第14章 諸星大二郎の『壺中天』
ーー風格主義的漫画(ManneristicComics)試論
第15章 夢幻のカリガリスムとダンディズム
ーー高橋葉介『夢幻紳士』を読む
第16章 水晶の官能、貝殻の記憶
ーー『進撃の巨人』における「小さな」もの
第17章 黒い脳髄、仮面のエロス、手の魔法
ーー三浦建太郎『ベルセルク』を読む
第18章 スプラッター資本主義と糞のカーニヴァル
ーー『チェンソーマン』のダークエコロジカルな倫理

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