大森望 × ティモンディ前田「巨人たちの星」シリーズ対談 「全然古さを感じない、今読んでも響く作品」

「巨人たちの星」シリーズ対談

 ハードSFの巨匠・ジェイムズ・P・ホーガンの不朽の名作「巨人たちの星」シリーズが、今年で60周年を迎える創元SF文庫から新版で刊行されている。

 デビュー作にしてシリーズ第一部の『星を継ぐもの』は、1980年に創元SF文庫で刊行され、第12回星雲賞海外長編部門を受賞し、これまでに104版もの刷数となっている。同書の新版が今年7月に刊行されたことを皮切りに、8月に第二部『ガニメデの優しい巨人』、9月に第三部『巨人たちの星』、10月に第四部『内なる宇宙』上・下巻が立て続けに新版刊行さ。さらに本邦未訳だった第五部のシリーズ最終巻『ミネルヴァ計画(仮題)』も刊行が決定している。

 『星を継ぐもの』では、主人公の天才科学者・ハントが月面で発見された5万年前の人間と思しき死体をめぐって、驚くべき謎を解き明かす。そして『ガニメデの優しい巨人』では異星人・ガニメアンとの邂逅、『巨人たちの星』では遠い惑星に住む謎の人類・ジェヴレン人との宇宙戦争、『内なる宇宙』では人類の想像を超えたもうひとつの仮想世界が描かれている。宇宙を舞台に壮大な時間軸の物語を展開しながら、そのなかには今まさに注目されているメタバース、人工知能といった最先端テクノロジーに通ずるエッセンスが詰まっている。

 そんな本シリーズの魅力について、書評家・翻訳家の大森望氏と、お笑いコンビティモンディのツッコミであり、お笑い界きっての読書家としても知られる前田裕太氏に語り合ってもらった。原書刊行から半世紀ほどが経過した今でも、読者の心を惹きつける話題作であり続ける理由に迫っていきたい。(篠原諄也)





70年代当時から異色の作品

ーー本シリーズはSF界においてどんな位置づけの作品でしょうか。

大森:第一部の『星を継ぐもの』は、原書が刊行されたのが1977年ですが、当時から異色の作品でした。70年代のSF界では、未来の科学技術をポジティブに描くのではなく、人々の身の回りの出来事を描くようなソフト路線に転換していました。天才科学者が主人公として大活躍するような作品も絶滅しかかっていた。しかし本作はゴリゴリのハードSFで、しかもスーパー科学者がダブルで活躍する。発表時点でも古めかしいタイプの謎解きSFだったんです。

 しかもそれをイギリスの新人作家が突然書いた。ホーガンは映画『2001年宇宙の旅』の結末に納得がいかずモヤモヤしていて、自分ならもっと説得力のある作品が書けると思ったのだそうです。それを職場の同僚に話すと「そんなの無理に決まってるだろう」と言われた。そこで本当に書けるかどうかを賭けをして、『星を継ぐもの』を書き上げました。そしてSFの世界に人脈のある知人のツテを頼りに原稿を預けたら、アメリカの有名なSF編集者、ジュディ・リン・デル・レイの目にとまり、トントン拍子に話が進んで、バランタイン・ブックス傘下のデル・レイ・ブックスから出版されることになった。だからいろんな意味で、鬼っ子のような存在ですね。もちろん英語圏でも話題になって根強いファンも多いんですが、特に日本でものすごくヒットしました。

前田:日本のSF界の流れと合っていたんでしょうか。

大森:それが謎なんですよ。なぜ日本でこんなにウケたのか。80年に翻訳された直後から、すごく話題になりました。あまりSFを読んでなかった人、特にミステリファンのあいだで読まれたんです。

大森望氏

前田:ミステリの要素が多いですもんね。各巻でしっかりと謎が提示されます。特に最初の『星を継ぐもの』は、最後に大きな謎が解き明かされる作品でした。

大森:そうですね。どんでん返しと壮大なトリックがあるというのが、ミステリファンに愛された理由でしょう。大御所のミステリ評論家・瀬戸川猛資さんが「本格ミステリの快作」だと絶賛しました。それで普段SFを読まないようなミステリファンにも広がったんです。

 『星を継ぐもの』はまさに本格ミステリとも言える作品で、不可能犯罪を解き明かすような構成になっています。チャーリー(月面で発見された5万年前の遺体)の謎解きはSF的だと言えますが、そのなかでも現場に残された手記から様々な関係性を解釈して議論するところは、島田荘司のミステリ小説みたいでしょう。残された手記から名探偵が犯人を探すのと似ている。現場誤認トリックとか時間差トリックとか、ミステリの世界でおなじみのパターンが、ここではものすごいスケールに拡張されています。

前田裕太氏

ーー前田さんは今回お声がけをする前に、すでに三部作の『巨人たちの星』まで読んでいたとのことでした。本シリーズとは、どのように出合ったのでしょうか。

前田:最初に僕が知ったのは、漫画化された『星を継ぐもの』(2011年/星野之宣)だったんです。それで原作小説を読んでみると、漫画とはまた違う面白さがありました。「めっちゃ面白いじゃん」と思いながら一冊ずつ読んでいくと、毎回テイストが全然違うんですよね。本当に同じ人が書いたのかな、とさえ思いました。

大森:『星を継ぐもの』は謎を解き明かすために、5万年前の死体や2500万年前の宇宙船をあれこれ研究していきます。さまざまな仮説を立てて考えていくと、地球人の起源までわかってしまうという壮大な話です。そこで完結しているようにも読めるんですが、やはりまだ解けていない謎がいくつか残っていて、それがちゃんと第二部『ガニメデの優しい巨人』以降で解けるようになっています。

前田:『星を継ぐもの』は、最後に謎を議論で一気に暴いていくところが、面白くて爽快感がありました。本当にフィクションなのかと思うくらい、サイエンスの部分に説得力があるんです。進化論などめちゃくちゃ勉強していたんだろうなと。

大森:ホーガンは元々はDECというコンピュータ系の大手メーカーに勤務していました。でもそこでは技術職ではなく、営業職だったようです。だから趣味でサイエンスを勉強していたのだと思います。

前田:趣味とは思えない知識量ですよね。構想も壮大で、すごく時間をかけているんだろうと感じました。

大森:ただし、小説は全然書いたことがなかったから、デル・レイ・ブックスのトップだったジュディ・リン・デル・レイが一から指導したみたいですね。手紙のやりとりですごくダメ出しをされて、何度も書き直したそうです。そもそも小説にはストーリーが必要だというところからはじめて、キャラクターとかプロットの重要性を叩き込まれた。それによってだいぶ読みやすくなったでしょうね。

 しかし、仕上がった作品も、構成としてはかなり異色でした。こんな小説、あまりないでしょう。5万年前の事件について調べていたら、2500万年前の事件も調べないといけなくなる。主人公たちはほとんど動かずに、入ってくる情報をひたすら整理して、ひたすら議論しつづける。ある仮説を出しては、いろんな新しい事実と照らし合わせて修正し、すべてを矛盾なく説明できる解答を導き出すという。

 事件はほとんど会議室で起きている(笑)。ミステリでいうところの「安楽椅子探偵」もののような感じで、現場に行くのではなく、部屋のなかでデータを見ながら仮説を立てて、議論をしつづけるんですね。会議小説というかディスカッション小説みたいなところがあります。エンターテインメント小説としてはだいぶ構成がおかしい(笑)

穏やかでジェントルマンな宇宙人像

ーー続いて第二部『ガニメデの優しい巨人』は、宇宙人とのファーストコンタクトの話でもありました。

大森:『星を継ぐもの』は宇宙人の痕跡を発見するものの、生身の宇宙人と遭遇するのは『ガニメデの優しい巨人』でした。人類とは全くの異文化で育って、環境も違う者同士で、最初はうまくコミュニケーションが取れない。でも、腹を割って話せばわかる存在として描かれるのは、ポジティブなSF観を持つホーガンらしいですね。前作と比べると、エンターテインメントとしてずいぶんこなれた感じになっている。

前田:最初の『星を継ぐもの』の宇宙人は、骨格などを見るとちょっと怖いというか、鬼っぽいイメージがありました。でも第二部の『ガニメデの優しい巨人』ではタイトルの通り、めっちゃ優しい(笑)。地球外生命体に対して、何か希望を感じるというか、楽観的な感じがすごくしました。「優しい」とつけなかったら、当時は攻撃的なエイリアンのイメージになったのでしょうか。

大森:侵略してくる恐ろしい宇宙人、理想のタイプみたいな優しい宇宙人、その両方のイメージは当時からあったと思います。映画で言えば『エイリアン』や『宇宙戦争』の宇宙人が前者。『E.T.』や『未知との遭遇』は後者で、比較的優しいイメージで描かれていますよね。

 この『ガニメデの優しい巨人』の原題はThe Gentle Giants of Ganymede。体は大きいけれど気は優しくておとなしい、ジェントルマンなイメージでした。なんでそういう性格になったかという理由は、育った惑星の環境からだと説明されている。人間で言えば、裕福な家庭で育ったから争いごとを好まないみたいな話になっている(笑)。

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