解剖学者・養老孟司が到達した「なるようになる」という考え 「人間にはそこまで全てを読み切れない」

養老孟司「なるようになる」の真意

 解剖学者の養老孟司氏が初の自伝『なるようになる』(中央公論新社)を刊行した。虫採りに夢中だった少年時代、東大医学部進学と解剖学研究への道、愛猫と過ごした日々、平成の大ベストセラー『バカの壁』の背景などが語り下ろされている。人生は「なるようになる」というのが、養老氏が到達した思いなのだという。そんな自伝を刊行した養老氏に話を聞いた。(篠原諄也)

今は自然にまったく触れなくなっている

養老孟司『なるようになる』(中央公論新社)

ーー初の自伝ですが、ご自身の過去を振り返られていかがでしたか。

養老:僕の過去というより、日本社会の変わり方のほうが激しかったような気がするんです。本当に常識が変わってきましたからね。

 日本の社会はどこを基準にするかでずいぶん違うでしょう。大袈裟にいうと、幕末に明治維新があって、関東大震災があって戦争があった。そして戦後というのは、本当にいろんなことが変わりました。

 例えば日常生活は、私が子供だった頃と、私の母親が子供だった頃では、それほど変わらない。テレビや冷蔵庫があるわけじゃないですから。1899年生まれの母は、「馬に乗って学校へ通った」と言っていて、私はそこまで古くはなかったですが、根本的な生活の違いはなかったですね。

 でも、私の息子が子供だった頃はもう全然違う。まず、学校から帰ってきたときに、私はまず何かを食べさせようと思うわけです。しかし、子供は「お腹はすいてない」って言うんだ。そこからしてショックだった。全然違うんだなと思ってね。もう今から半世紀以上前の話ですがね。

ーー社会が段々と豊かになってきたと。

養老:いや、それを豊かさと呼んでいるだけなんです。本当に豊かなのかというと、私はかなり疑っているんだけど。

ーー特に人間の自然とのかかわり方は、昔と今では大きく変わったでしょうか。

養老:今は自然にまったく触れなくなっている。昔は触れざるを得なかったんです。私は鎌倉でしたが、学校が終わった途端に山や川に行っていた。川ではカニや魚を獲ったりしていました。まあ、生き物からしたら迷惑な話ですけどね。とにかくそれが当たり前で、誰も不思議に思っていなかった。

様々な要因があって、今の結果になっている

ーータイトルの「なるようになる」に込めた思いとは。

養老:結局、突き詰めていくと、そうなるんですよ。生物の世界も人間の社会も複雑でしょう。我々が考えていないような様々な要因があって、今の結果になっているんです。無責任な言い方みたいだけど、そうじゃなくて、もう徹底的に客観視してみたら、なるようになるしかないでしょう。もうしょうがないというか、人間にはそこまで全てを読み切れないんです。

ーーそう思われるようになったのはいつ頃でしょうか?

養老:言葉になったのは最近ですね。自分がどういう風に考えているんだろうと思って、こうやって喋っているうちに表現が出てくるんですよ。なるようになっているんだなと。もうちょっとかっこよく言えばよかったんだけどね。

 「なるべくしてなる」と言ったのは、(生態学者・人類学者の)今西錦司さんでした。今西さん流の進化論は、生物はなるべくしてなるように、ずっと変わってきたという。ダーウィンの自然淘汰説があるけれども、今西さんはそうじゃなくて、生物が変わるときは、その集団の全員が一緒に変わるべくして変わると考えた。

  そうしなくては生き延びられないんだという考え方は、ダーウィンの場合も同じですけどね。ダーウィンはもうちょっとシャープに適者生存について言っていた。環境との適応性を考えて、適応のいいほうが生き残ると。今西さんは、もっと別な要因までを全部含めた形で、言いたかったんだと思います。これはどちらが正しいか、正しくないかではなくて、見方の問題ですね。

 だからこの本のタイトルも「なるべくしてなる」にしたら、どうだったんだろうな。こうなるしか仕方ないという、必然の意味合いが少し強くなりますね。

ーー「なるようになる」はもう少し楽観的な印象も受けます。

養老:そうですね。もうちょっと前だと、日本流では「なせばなる」と言ったんです。これは上杉鷹山の言葉だといわれますが、宮本武蔵だって説も聞いたことがある。「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」。つまり、お前はやらないからできない、だからやれという号令ですね。日本で昔からこんな号令がかかっているということは、逆から考えればほとんどの人が「なるようになる」と考えているからだと言えるでしょう。

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