75歳で絵本作家デビュー! 限界集落の奇跡を描く絵本『はるさんと1000本のさくら』インタビュー

75歳、新人絵本作家インタビュー

大事なことはなるべく自分で気づいてもらえるように

ーーいったん離れた絵本制作を、再びやろうと思ったきっかけはなんだったのでしょう。

ただ:小学校に再就職したとき、一年生を受け持ったことがあるんですよ。まあ、元気な子たちでねえ。授業が終わって、終わりの会をしようと思っても、わいわい騒ぐから始められない。あまりに困ったんで、ぼそっと「おこりんぼうで、わがままで、意地悪なお姫様のお話」ってつぶやいてみたんです。そうしたら「なになになに?」って感じで、注意がこちらに向いて静かになった。

ーーそれは気になる(笑)。

ただ:どんなお話か、と聞かれたから、口からでまかせに「お姫さまは自分で荷物も持たず、召使に全部運ばせます」というと「悪う~!」と声があがる。「ありんこを見つけたら踏んづけます」と言ったら、また「悪う~!」。どんなお姫さまなの、と聞かれたから、黒板にやっぱりでまかせで描いて、どれほどおこりんぼうでわがままでいじわるなのかを、聞かせてみた(笑)。

ーーそれを絵本に……。

ただ:それはしなかったんです。忙しすぎて。でも、子どもたちと接していると、日々おもしろいことばかりが起きる。物語の材料は、そこら中にあったんです。学校にきていた植木屋さんのまねをして、はさみで木の葉っぱをみんな切って丸裸にしちゃったときは「お姫さまと植木屋さん」のお話をつくり、かけっこで斜めに走って人の走路を邪魔する子がいたら「お姫さまと運動会」のお話をつくり。

ーー直接怒るのではなく、物語で伝えたんですね。

ただ:「斜めに走ったらゴールが遅くなるよ」とか「ころんで痛いよ」とか、言っても伝わらないことが、お姫さまの物語を通すと、わかってもらえたりするんですよね。そもそも私は、子どもたちに、あれしちゃだめ、これしちゃだめ、ってなかなか言えなくて。というのも、一年生を受け持ったときに、思ったんです。「入学おめでとう」という言葉と一緒に、この子たちは重いランドセルを背負って、雨が降っても風が吹いても、毎朝毎朝、真面目に学校にくる。なんてえらいんだろう、って。だから、口うるさく言うより、大事なことはなるべく自分で気づいてもらえるような指導をしたいな、と思っていたんです。

ーーその、相手を信頼する感じは、絵本にも滲み出ている気がします。

ただ:そうなんでしょうか。もちろん、言いたくなるときはあるんですよ。でも、もうちょっとだけ、口にするのを止めておこう、あともうちょっとしたらこの子は自分で気がつくかもしれない、っていつも思っていました。だって、子どもって本当にけなげなんですよ。終わりの会で騒がしくしていても「もうちょっと静かにしていたら、お姫さまのお話しできるのになあ」って言うと、ぴたっと大人しくなったりして。

ーーそのお姫さまの絵本を描いて、応募しようとは思わなかったんですか。

ただ:描いたし、応募もしたんですよ。実をいうと、今回の新人賞には五作くらい送っていて、それ以前にも、ずっとほかの新人賞に応募していたんです。というのもね、教員をやめてからしばらくして、主人が、嵯峨美術大学で外の人も参加できる絵本講座をやっているよ、と見つけてきてくれて。絵本を描く勉強をしてみたいなあ、と思っていたけど、どうすればいいかわからずにいたところだったので、うちから片道三時間かかりましたけど、通うことにしました。そこでは、二月には、それぞれ仕上げた絵本の原画を飾る作品展をやることになっていて、それに向けて、私は年に三冊ずつつくっていました。

ーーすごい!

ただ:お姫さまの物語が、たくさん頭のなかにストックしてありましたからね。受講生には、プロになりたい若い子もいれば、なんとなく趣味で通っている人もいて、いろんな方に出会えたのは楽しかった。でも、四年経ったころに、講座が終わることになっちゃって。絵本はつくり続けたいけど、目標がないとなかなかやらないから、じゃあ応募してみようかと、そういうわけです。でもまさか、大賞をいただけるなんてね。お電話いただいたときは、涙が出ました。

ーーご家族は、なんておっしゃっていますか。

ただ:娘は「よかったね」と言ってくれましたけど、息子は「そうなん?」ってあっさりしてて(笑)。でも、しばらくしてKODOMO新聞で受賞の知らせを見たらしい孫が「ばば、すげえ!」って教えてくれました。絵本自体は読んでいないはずですけど、孫にそう言われたら「やったぞ」って感じです。でも、中央公論新社さんにこうして立派な絵本にしていただいたから、みんなにちゃんと配ろうと思います。

ーー絵本作家として描く、次の作品が今から楽しみです。

ただ:ねえ……(笑)。最初に言ったとおり、全然実感はわかないんだけれど、せっかくこうして機会をいただけたのだから、やれることを頑張りたいですね。

■書籍情報
『はるさんと1000本のさくら』
著者:ただのぶこ
価格:1650円
発売日:11月10日
出版社:中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/tanko/2023/11/005707.html

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