マカロニえんぴつの歩みには前例がなかったーー兵庫慎司の『マカロニえんぴつ 青春と一緒』評

兵庫慎司の『マカロニえんぴつ 青春と一緒』レビュー

 TALTOのレーベルヘッドであり、マカロニえんぴつのチーフ・マネージャーで、プロデューサーである江森弘和が、マカロニえんぴつと出会ってから現在までの10年を書いた本『マカロニえんぴつ 青春と一緒』(双葉社/11月22日刊)。ファンクラブ「OKKAKE」の会員用サイトの連載を1冊にまとめたものである。

 「あとがき」によると、ファンクラブを立ち上げて会員用サイトを作った時に、忙しさにかまけて各メンバーのコンテンツが滞ることを見越して、自分も何か書いて刺激を与えてやろう、という動機で、連載を始めたそうだ。

 が。いきなりだが、そこ、ふたつ異論がある。江森さん(一応面識あるので、ここから「さん」を付けます)、メンバー以上に忙しいはずであって、それでも書いたのは、その行動で「江森さんが書いているんだから俺たちも忙しさを言い訳にできない」という、「刺激」じゃなくて「プレッシャー」を与えるためだったのではないか、ということ。

 そしてもうひとつは、ものを書くのが本職ではない、メンバー以上に忙しい人が、なんで書いたのか、というと、「書きたかったから」だし、「書くことが好きだから」だし、「書くことが楽しかったから」だと思う。じゃないと、ここまでのものは書けないだろう。というくらい、おもしろい。

 もともと僕はこういう、バンドのヒストリーをスタッフが書いた本が好きで、よく読む方なのだが、その過去の読書体験と照らし合わせても、味わったことがないおもしろさが、たくさんある本だった。

 というのは、マカロニえんぴつ自身が過去にいないバンドだから、という前提はもちろんあるが、それ以外のポイントも多いのだ。

 特に、バンドってこうやって見つけるのか! というのは、他のバンドの本でも読むことができたかもしれないが、その見つけたバンドをこうやって育てて、こうやって鍛えて、こうやってダメ出しして、こうやってステップアップさせていってブレイクに導くのか! という部分に関しては、本書で初めて知ったことも、多い気がする。

 こっちは一応バンド業界歴30年を超えているわけで(ものすごい隅っこにいるが、それは置いといて)、どんなスタッフがどんなバンドをどんなふうに育てて、どんなふうにブレイクさせていったか、というケースを、いくつも見てきたが、それでも知らなかった、ということだ。

 つまり、ここで読むことができる「江森弘和のマカロニえんぴつの育て方」は、過去の前例に沿ったものではなく、あくまで「江森弘和の」であり「マカロニえんぴつの」である、ということだ。

 で、言うまでもなくそれは「だから成功したのだ」ということでもある。バンドはひとつひとつ違うんだから、そのひとつひとつの育て方の正解はもちろん違う。なのに「これが流行っているから」とか「先人がこの方法で成功したから」という前例に従ってしまう、ということが多いのだ。

 バンドブームが終わりかけた頃に音楽業界に入って以降(電気グルーヴやスピッツがメジャーデビューした時期です)、そういう例を、何度も見てきた。

 「みんなデザインを信藤三雄のコンテムポラリー・プロダクションに頼むんだなあ」とか。「カメラマンは、このタイプのアーティストなら平間至、あのタイプなら野村浩司に依頼するんだなあ」とか。

 レコーディングやマスタリングのエンジニアもそう、イベントやフェスへのブッキングのしかたもそう、タイアップの取り方もそう、MVの作り方もそう。

 しかし、江森さんはそうではないことが、読むとよくわかる。たとえばMVの監督、リード曲ごとに、誰にどんな理由で依頼したのかが、こと細かに書かれているのだが、すでに実績がある有名どころに依頼したのは「夏恋センセイション」の加藤マニぐらいで、ほかは自分でYouTubeで見つけた、MVを撮ったことのないような人に、次々と頼んでいるのである。

 なぜそうしたのか。当時のマカロニえんぴつは無名でカネがなかったから、という事情もあったのかもしれないが、前例を参考にすることが、このタイミングのこのバンドにとってベストではないと思った、だから自分で正解を探すしかなかった、という方が大きいのではないか、と思う。

 バンドの育て方や導き方も然りで、「江森はこうする」と「マカロニえんぴつだからこうする」が合わさって、独自のものになっている。はっとりの考え方とも一致しているが(本書にもそういう記述がある)、流行りやマニュアルに乗らない、乗ってはまずい、という方針が貫かれている。

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