“夭逝の天才”と謳われた画家・中園孔二の素顔とは? 評伝『穏やかなゴースト』を読んで

評伝『穏やかなゴースト』レビュー

 今年は天才がいるよ、と東京藝術大学の教授が言った。2012年の春、卒業制作展を観てのことである。天才の名は、中園孔二。1989年に横浜で生まれ、高い身体能力でバスケットボールに熱中する少年時代を過ごしたが、高校2年の6月、突然、絵を描きたいと宣言する。その意志は、父親をはじめとする誰に懇願されても翻せず、彼は夜な夜な、自室の壁に絵を描き始めた。――まさに、天才のエピソードである。その後、凄まじい勢いで才能を開花させ、25歳のときに瀬戸内海で溺れ、亡くなってしまったことも含めて。

 『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』(村岡俊也/新潮社)は、そんな彼の軌跡を追った評伝だ。今年の夏、NHK「日曜美術館」などでも特集されていたから、最近、彼の存在を知った人も少なくないだろう。あわせて、彼の経歴に触れ、その悲劇性を込みで心を動かされた人も。それが悪い、とは言わない。ただ、知人に薦められてこの本を手にとったとき、わずかにためらいがあったのは、もの言うことのできなくなった他者を美しい物語として消費してしまうことをおそれたからだった。距離をとって咀嚼するには、彼の死はあまりに“今”と近すぎる。だが読みはじめて、それは杞憂であったと気づく。少なくとも評伝を書いた著者は、そうなってしまうことを慎重に避けている。中園の遺した言葉、彼のまわりにいた人たちの言葉、それらを丹念に集めることで、彼の描こうとしていたものを追うと同時に、生きる、とはどういうことなのかを、読み手に静かに問いかけているように感じられた。

 中園は子どもの頃から〈ひとりで探検をして、「いいところ」を見つけると、好きな人たちを連れて行く。その際、立ち入り禁止であるかどうか、危険であるかどうかは関係がなく、興味があれば侵入してしまう〉ところがあったという。やめろと言われても聞かない。納得するまでやらなきゃ気が済まない。そのかわり、〈誰も知らない、自分だけが知っている場所を見つけ出すことが、中園はそれこそ天才的に上手かった〉。それは大人になってからも変わらず、生と死の境目に常に身を置いているようなところがあったと、周囲の人間が証言している。だから、みずから死を望んだというよりも、ふらりと泳ぎに出てそのまま足をとられてしまったのだろうと、彼の最期についても“らしい”とどこか納得したように語る人も多い。

 彼はきっと、常に、自分だけの景色を求めていたのだろう。これだ、と思える美しい情景。心と体がぴったりハマる瞬間。どうにかしてそこに辿りつきたくて、最初は山に分け入り、バスケットボールに夢中になり、そして絵を描くことに没頭した。普通の人ならブレーキをかけてしまうところでもアクセルを踏み(でもたぶん本人はアクセルを踏んでいる自覚はなくごく自然に)、こうあるべきの枠にとらわれることなく試行錯誤を繰り返した。だからこそ彼の発想は周囲に画期的だと受け止められたのだろうが、それは彼が天才だったからというより、ただ誰よりもまっすぐ生きていたから、というだけのような気もする。

  ほんのちょっとの虚栄心や、前例を気にして周囲と自分を比較する心、よけいな自意識を捨て去れば本当は誰もが彼のようにふるまえる可能性があるのではないか、と。……もっとも、それが何より難しく、そうするためには自分自身を信じ続ける強靭な精神も必要で、それを持ち合わせていることこそが才能なのだと言われたらそれまでだ。けれど、読めば読むほど、中園に対するイメージが“夭逝の天才”から遠ざかっていったのも、また事実なのだ。人より感度が高かったのは確かだろうが、不器用で、素直で、優しくて、誰よりも人間らしい人だったのではないかと思うと、ダイナミックで奇想天外に見える彼の絵に、どこか親しみも沸く。

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