漫画家・ヒロユキ、今だから話せる「きらら」黎明期と同人誌の制作秘話

   芳文社から発行される漫画雑誌「まんがタイムきらら(以下、「きらら」)」をご存知だろうか。それまでは主にサラリーマン向けの漫画を刊行していた芳文社から創刊された、萌え要素を前面に打ち出した漫画雑誌である。

  2023年現在、「きらら」発のヒット作が連発し、メディアミックスが積極的に行われて漫画界を席巻している。さらに、『ぼっち・ざ・ろっく!』の作者のはまじあきのように、少女漫画雑誌から「きらら」に発表の場を移してヒットを飛ばした例もある。漫画家にとっても活動の場として無視できない存在になりつつある。

  だが、「きらら」は創刊当時、漫画愛好家からは決して高い評価を得られていなかった。「同人作家が描いた漫画じゃないか」「かわいい女の子が出てくるだけだ」「読めるレベルではない」などと、ネット上でたびたび批判されていた。「きらら系」という言葉も、どちらかといえば否定的な意味で用いられていた。

  そんなイメージを覆し、現在の「きらら」は読み応えのある漫画を連発するに至っている。現在はもはや、否定的な発言をする人はいないであろう。そんな「きらら」の黎明期はいかなるものだったのか。『ドージンワーク』などのヒット作を生み、初期の「きらら」を知る漫画家の一人であるヒロユキに詳しい話をうかがい、2000年代の漫画史の一端を紐解いてみたい。

『ドージンワーク』はヒロユキの初連載作品にして、初アニメ化作品

「きらら」で漫画を描き始めるまで

――同人作家として活躍していたヒロユキ先生が、「まんがタイムきららキャラット」で漫画を描くことになった経緯を知りたいです。

ヒロユキ: 2004年の夏コミが終わって実家に帰っているとき、編集さんからメールをいただいたのがきっかけです。おそらく、夏コミで出した同人誌を見て連絡してくれたのだと思います。

――当時は「きらら」の知名度は決して高くなかったと思います。依頼を断った漫画家を知っていますが、ヒロユキ先生が引き受けたのはなぜでしょうか。

ヒロユキ:同人誌専業で1年経ち、出版社に持ち込みに行こうと思っていたので、連載をさせてもらえるなら正直どこでもいいと思っていました。僕は「きらら」の雑誌は読んだことはなかったんですが、単行本は買っていたので、名前は知っていましたよ。仲間内でも知名度はあったと思います。萌え4コマは同人作家によく声がかかっていました。知り合いのところに編集さんから連絡がきていたのを知っていたので、僕のところにもこないかなと思っていたら、タイミングよくメールがあった感じです。

――ヒロユキ先生はその頃、既に売れっ子の同人作家だったのでしょうか。

ヒロユキ:コミケで出す新刊で5,000~6,000部は印刷していたと思います。

わずか1ヶ月弱で連載を準備

――凄い部数を出しておられたんですね! その後、編集さんと顔合わせなどをされて、連載開始まではどんな流れで進んだのでしょうか。

ヒロユキ:編集さんから連絡が来たのが8月下旬でしたが、10月の下旬には連載をスタートしたいという話でした。つまり、締切は1ヶ月後くらい。今だと考えられないハイペースですが(笑)、もともと4コマ漫画の進行はそんなものだったんじゃないですかね。あまり企画を細かく練るというよりは、パッとアイディアを考えて作ったものをパッと載せる感じだったのかなーと。

――連絡をもらってすぐ、『ドージンワーク』のアイディアを練り始めないと間に合いませんよね。

ヒロユキ:夏コミの後、8月末ごろに出た同人誌即売会の会場で『ドージンワーク』のキャラデザをしていた記憶があります。この時点でアイディアは固まっていました。僕は『げんしけん』が好きでしたが、同人誌をテーマにキツめのギャグをやったら読者に刺さるんじゃないかと思ったのです。同人誌を通じて生まれる友情の話だけでなく、お金の話などのブラックな部分も描こうと思いました。

――その発想は見事で、実際に刺さりましたよね。連載前から勝算はあったのでしょうか。

ヒロユキ:同人誌界隈のネタを「アキバBlog」などのニュースサイトが取り上げているのを見ていましたから、もし記事になれば話題になり、勝ち目があると思っていました。

――『ドージンワーク』の制作には編集さんがどれくらい介入したのでしょうか。ヒロユキ先生の好きに描かせてもらった感じですかね。

ヒロユキ:特に介入はなかったですね(笑)。表現的にまずい部分は修正が入りましたが、僕が描いたネームがそのまま載りました。

2000年代初頭の同人誌の制作環境

――2000年代初頭、デジタルで漫画を描いている人はかなり少数派でした。「きらら」はかなりデジタル化が早かったといわれます。ヒロユキ先生は、連載開始当初から原稿をデジタルで仕上げていたのでしょうか。

ヒロユキ:ペン入れまではアナログでしたが、トーンやベタはデジタル、そして入稿もデジタルでした。当時から、仲間内では板タブを使って描いている人はたくさんいました。ただ、僕は板タブでは仕上げや色塗り程度の作業ならまだしも、キャラクターの線を思ったように引くことが全然できませんでした。なので、液タブの存在は知ってましたが、きっと板タブと同じように難しいんだろうなーと思い、20代の終わり頃まで線画はアナログで描き続けていました。実際使ってみると杞憂でしたが(笑)。

――なぜ、ヒロユキ先生や、知り合いの作家のみなさんはデジタルを使いこなせたのでしょう。

ヒロユキ:当時デジタルをやっていた人は僕含めオタクの人が多かったと思います。特に、美少女ゲームをやっている人はパソコンを持っていたので、デジタルで作業し、入稿までできる環境がありました。スキャナが一台あればトーンもパソコン上で貼れるので、仕上げも早くて重宝していましたね。

――確かに、美少女ゲームの同人誌を出している作家さんは、デジタルで作品を描いていましたね。

ヒロユキ:僕は最初から商業を目指して同人をやっていたので、下描きにペン入れしていましたが、当時の同人作家って、ペン入れしている人が意外にいなかったんです。ラフな同人誌は、鉛筆の線のまま印刷している例もありましたからね。それが、パソコンを持っていると鉛筆線をスキャンして、デジタルデータに変換して仕上げることができました。今ではほとんどの人が最初からデジタルで制作しているので、鉛筆描きの同人誌は見なくなりましたね。

『ドージンワーク』誕生秘話

――2000年代初頭、同人誌即売会をテーマにした美少女ゲーム『こみっくパーティー』などが人気でした。『ドージンワーク』も意識したのでしょうか。

ヒロユキ:僕も『こみっくパーティー』はプレイしています。あのゲームって、同人誌を売れば女の子と仲良くなれるシステムで、すごく楽しいじゃないですか。とても綺麗な世界です。一方で、僕の『ドージンワーク』は同人界の金銭的なリアルさを描いて差別化を試みました。

『こみっくパーティー』は同人誌即売会を舞台にした恋愛シミュレーションゲーム

――ヒロユキ先生が先ほどおっしゃったように、お金の話など、ちょっと黒い部分の話も出てきますよね。

ヒロユキ:『ドージンワーク』はフィクションだと思われましたが、内容は事実に基づく部分も多いんですよ。自分がそうだったのでわかるのですが、当時の同人誌って、20歳とかの人間があり得ないくらい稼げてしまうものだったのです。20ページくらい描いて100万以上稼いでしまうなんておかしいですし、その異様さが面白いと思いました。当時、僕の中で同人誌は凄く儲かるものというイメージがあったので、世間のイメージとのギャップを漫画の中に盛り込めば面白いと思って描きました。

――確かに、『ドージンワーク』を読んで同人誌のイメージが変わった人も多かったと思います。

ヒロユキ:あと、漫画家はお金の話をしたがらない人が多いと思います。だからこそ、売上の話を描いたら面白いと思ったんです。そういう話題に触れたら怒る人もいると思ったけれど、案の定、2ちゃんねるではボロカスに言われましたね。「こいつは4コマのことは何もわかっていない」とか。でも、アンケートは普通に良かったですからね。

――商業誌の仕事を始めて、同人誌の売れ行きに変化はありましたか。

ヒロユキ:『ドージンワーク』が始まる前は、先ほども話したように5,000~6,000部でした。1巻が2005年の12月に出ましたが、直後の冬コミで出した同人誌はイキナリ1万部までいきました。まさに相乗効果ですね。当時、僕の中では商業をやれば、結果として同人も売れるようになるという目論見があり、見事にその通りになりました。今は同人を積極的にやれてないことや、それこそ「週刊少年マガジン」や単行本で読む方が同人誌を買うよりも圧倒的に安いしたくさん読めるとか、そういう理由もあってなのか、同人誌が爆発的に売れることはなくなりましたが。

――今では同人誌専業で、商業の依頼を断る作家さんもいますよね。ヒロユキ先生が商業にこだわる理由を知りたいです。

ヒロユキ:商業誌には、たくさんの人に見てもらえるメリットがありますよね。それに、アニメ化などのメディアミックスの機会は、商業のほうが遥かに多いでしょう。商業は、より多くの人に作品を届けるために出版社の力を借りるという考えです。それに、継続して稼ぐには商業の方がいいですよ。良くも悪くも締切があるし、同人誌で長期シリーズを描くのは難しいですからね。あと、成人向けではない、一般向けの漫画を描くなら商業をおすすめします。

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