小説家・原田ひ香 × スープ作家・有賀薫『まずはこれ食べて』対談 「料理にも小説にも正解はない」

原田ひ香 × 有賀薫の料理対談

 2022年に大ベストセラーとなった小説『三千円の使いかた』で知られる作家・原田ひ香の料理小説『まずはこれ食べて』(双葉社)が、待望の文庫化を果たし、注目を集めている。同作は、多忙なベンチャー企業に雇われた無愛想な家政婦の筧みのりが、手料理を通して人間関係を解きほぐしていく物語だ。

 そんな本作に興味を示したのは、『365日のめざましスープ』(SBクリエイティブ)などのレシピ本で知られるスープ作家の有賀薫。実はお互いに読者だという二人は、料理という営みをどのように捉えているのか。主婦層や料理好きから大きな支持を集める二人による「美味しい」初対談をお届けする。(編集部)

家政婦・筧さんの作る料理との共通点

原田ひ香

原田ひ香(以下 原田):『365日のめざましスープ』や『スープ・レッスン』など、いつも拝読しています。中でも私が好きなのは、「サラダチキンとアスパラのスープ」。私自身、小説の中でもお料理についていろいろ書いているのに恥ずかしいんですけど、結構“バカ舌”で、しょっぱ好きなんです。だから最初は、有賀先生のこのレシピを見たとき、塩小さじ2分の1杯というのは少ないなと思ったんですよ。でも、実際に作ってみたら、すごく良い塩梅で、「あれ? 私、こういう薄味でもいけるんだ」とちょっと自信がついたというか。

有賀薫(以下 有賀):旨味とか塩味とか、わかりやすい言葉になるものが突出していると感じやすいんですよね。でも、実はその間にすごいグラデーションがあったり、香りなどが全部重なって美味しさになっているんです。原田先生の小説って、料理の描写がすごくリアルだったので、よく料理なさる方なのかなと思っていました。

原田:お料理は好きなんですけど、いわゆる「下手の横好き」で(笑)。

有賀:“バカ舌”とおっしゃるのは意外で面白いですが、そもそも人って基本的にしょっぱ好きなんですよ。塩は体に絶対に必要なものだから、そういうものは本能的に美味しく感じられるようにできているんですね。甘みもカロリーとかエネルギーで、旨味はアミノ酸で体を作ってくれるものだから、やっぱり美味しく感じる。その点、苦味とか酸味とかは比較的大人になってから覚える味で、1回食べて大丈夫だったという記憶がセットになって、初めて美味しく感じるものなんですって。だから、子供の好き嫌いが多いというのは、全然おかしなことではなくて、当たり前らしいです。

原田:そういうバランスは、何度も試行錯誤していく中で数値化されるんですか。

有賀:基本的に私は、プロじゃない方たちが、家にあるもので作ることを前提としているので、厳密に数値化しているわけではないんですよ。厳密にやろうとすると、小さじ5分の4とかもあるけど、無理ですよね。そういうときは、小さじ1として、水の量をちょっと増やそうかなという感じにざっくりにしています。濃かったら水を足せば良いし、薄かったら塩を足せば良いし、リカバリできるところもスープの助かるところですね。『まずはこれ食べて』に出てくる「ほうれん草スープ」もすごく美味しそうでした。

原田:実は有賀先生のスープも意識したんですよ。有賀先生のレシピは2人分で小さじ2分の1から1杯ぐらいが多いイメージなので。

有賀:家政婦・筧さんの作る料理は、基本的に家庭料理で、相手の顔色とかコンディションを見ながら作っているところが、私のスープにも通じるのかもしれません。レシピとしてもシンプルで、みんなが知っている味というか。レストランの料理は人を驚かせるけれども、それよりも安心して食べられる料理なのかな、と。筧さんのお料理はどれもすごく美味しそうで、私も何か作ってほしいなと思いました(笑)。実際に原田先生が作られているレシピなんですか。

原田:最初に出てくる焼リンゴは、軽井沢で鉄板洋食の店に行ったことがあって。鉄板で、目の前でおじいさんがデザートとして焼いてくれるんですが、紅玉ではない、普通のリンゴを使っていて。こんな風にただ焼いただけで何もかけずにできるんだと思い、自分の家でもやってみたら、時間はかかるけど、じわっと美味しいんです。

家政婦・筧さんのイメージとなっている役者は?

有賀薫

有賀:この小説では、お料理が良い感じにトリックや謎を隠していますよね。料理がなかったら、たぶん途中でもっと疑いながら読んでいたけど、「料理と人」という小さな世界でちょっとほっとした気分になって、そこに真実を隠している小説なんだと思って読みました。自分の中に引っかかりみたいなものは確かにちょっとずつあったのに、美味しい料理が出て、安心しちゃって1話ずつ気持ち良く読んでしまう。それで、最後に「やられた!」と。

原田:ありがとうございます(笑)。

有賀:最後まで読んでから、もう1回頭から読むと見え方も違う、2度美味しい感じの小説でもあるなと思いました。それに、登場人物がいわゆる普通の人しか出てこなくて、ものすごくリアルに浮かんでくるんです。私、原田先生の『三千円の使いかた』の場合は、ドラマを先に観てから原作を読んだので、役者さんの顔が頭の中に出てきましたが、小説を書かれるときは普段、どなたかイメージすることがあるんですか。

原田:私はあまり映像化などを具体的にイメージしないで書くんですが、筧さんは先日たまたまお会いしたからということもあるけど、片桐はいりさんかなと。片桐さんに「変な女の役がなかなかない、もっと面白い変な女の役を書いてください」と言われて、なるほどなと思ったんですよ。

有賀:片桐さんは私もすごく好きな役者さんですけど、私が読んでイメージしたのは、例えば、同じ映画でも片桐さんと共演されていた小林聡美さんとか。どこにいても溶け込む、あまり目立たない感じの人なのかなと。

原田:映像化された作品はまだ『三千円~』と『一橋桐子(76)の犯罪日記』の2作ですが、実現しなくとも、途中途中でオファーをいただくことはあるんですね。そうすると、プロデューサーさんやディレクターさんが考えた配役が企画書に書いてあるんですけど、あれ、面白いですね。書く時には意識しないようにしていますが、なるほど、そういう方向もアリかとか(笑)。

有賀:原田先生が書かれる登場人物は、すごく多角的で生々しいので、実際いろいろ想像がふくらみますよね。それに、これだけたくさん登場人物がいると、同じ人物でも他の誰かから見たら違うということもあるし。

原田:実際に起きている物語の外側にももう一つ違う物語が流れているみたいなことをやってみたくて、この作品を書いたところもあるんです。

有賀:確かにこの作品だけでなく、原田先生の小説では登場人物との距離感があまり感情移入しすぎない感じに、淡々と描かれているんですよね。その書き方がすごく私好みで。小説では多くの場合、主人公などに肩入れしてしまうことが多いけれど、この作品ではオムニバス形式であることもあって、それぞれの登場人物の視点があって、それによって客観的に状況が見られる。一本筋のストーリーだけを見ていると気づかないことが、この小説ではたくさん見えていますよね。

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