『重版出来!』完結 希望の火を灯し続ける「お仕事漫画」としての金字塔

『重版出来!』完結に寄せて

 先月6月27日に発売された「月刊!スピリッツ8月号」(小学館)にて、松田奈緒子の漫画『重版出来!』が完結した。2012年に連載がスタートした『重版出来!』は、2016年に、黒木華主演、野木亜紀子脚本でテレビドラマ化(TBS)もされ、現在に至るまで、約11年の連載となった。

 『今日のウェブトゥーン』というタイトルで、韓国でドラマ化されるなど、今なお話題に事欠かない。単行本の最終巻となる20巻は8月9日に発売予定、「月刊!スピリッツ」9月号には、青山剛昌、高橋留美子、いくえみ綾、浦沢直樹ら16人の漫画家によるメッセージイラストなどが収められた完結を記念した小冊子が付属されているとのこと。

 『重版出来!』が、漫画家たちの、己の作品や才能と孤独に向き合う姿だけでなく、ライバルである同業者を「仲間」として尊敬し、時に気遣い、日々切磋琢磨する心地よい関係性を通して描いてきたからこそ、勝手ながら胸が熱くなってしまう部分がある。

  また、本作がコミック誌の編集部を舞台にしているため、物語と現実世界がリンクしているかのような感覚を覚え、「重版出来!」という作品の11年とそれに関わった人々にもあっただろう様々なドラマをも想像してしまわずにいられないのは、本作がそれだけ、1冊の本、1冊の雑誌に関わる全ての人にスポットライトを当てた、優れた作品だったからだろう。

  そして、この約11年、急速な時代の変化と共に自ずと変わらずにはいられないかった出版業界、並びに書籍販売に携わる人々の激動の日々の記録としても、読み継がれるべき作品である。ここで、『重版出来!』のお仕事漫画としての意義について、イチ書店員の視点で見つめてみようと思う。

 『重版出来!』は、怪我がもとで夢を断たれた元柔道部員で、週刊コミック誌『バイブス』の新人編集者となったヒロイン·黒沢心の成長を描いた物語である。とはいえ、これほど主人公が目立たない作品も珍しいのではないか。もちろん主軸は彼女と、彼女が担当する漫画家の成長を中心とした「編集者物語」ではあるが、それ以上に「働く人々の群像劇」という印象が強い。それは、新人編集者である黒沢心の真っ直ぐな「目」を通して、1冊の本ができて、書店に並び、さらに発展してアニメ化や映画化、他部署とのコラボなどの新しい展開へと繋がっていく流れを目の当たりにすることができるからだろう。

  そこで彼女はたくさんの「その道のプロフェッショナル」たちに出会う。同僚である編集者、担当する漫画家のみならず、他部署の社員たち、漫画家のアシスタント、校閲担当者、映画化·アニメ化に関わるスタッフ、書店員、漫画家の家から出版社へと原稿を届けるバイク便のお兄さんに至るまで、1冊の本とその周辺の出来事には、本当に大勢の人々が関わっている。そして、当然ながらその一人一人に、人生のドラマがあり、その全てに本作はスポットライトを当てていく。

  特筆すべきは、本作が、作品を通して、変動し続ける出版業界、時に書店業界の「今」と並走し続けてきたことだ。地方在住の書店員の立場から見ても、特にここ数年の傾向など、頷かずにはいられないことが多く、どれも綿密なリサーチに基づいているのだろうことがわかる。例えば、書店員·河が、個人で書店を作るまでの道のり。

 「刀剣女子」たちが巻き起こした刀剣ブームと書籍のコラボの話。実家に帰ったことをきっかけに、デジタル化とリモートワークへの移行で、新境地を見出した漫画家の話。動画配信、アニメ作品の世界同時配信などが増えたことにより多様化した新しい宣伝の在り方。どれも、出版業界や書店業界が置かれた状況と、そこで働く人々の思いと今後の可能性を真剣に考え、イメージを構築することでできあがったのだろうエピソードばかりである。

  そして、物語の中心には、一貫して、心が担当する漫画家·中田伯がいた。誰もが羨む天才である一方で、作品に没頭するあまり心のバランスが保てなくなることもあれば、仄かな初恋を胸に抱き続ける可愛らしさも見せる、誰よりも純粋で不器用な存在である中田が、漫画を描き続けることで、気づいたら皆に囲まれ、愛されているという物語を、全篇通して描き続けた。

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