元祖ロック漫画『ファイヤー!』著者・水野英子インタビュー「時代が変わろうとしているのを実感した」

水野英子インタビュー

純粋に生きるということについて

――本作を読んで強く感じるのは、水野先生の反骨精神です。さらにいえば、マイノリティの側に常に寄り添っていようという作家としての姿勢です。

水野 不平等は嫌いなので、『ファイヤー!』に限らず、常にそういう想いは作品に織り込むようにしています。取材旅行から帰って来た後も、黒人排除問題やネイティブアメリカンの歴史などを自分なりにいろいろ調べるようになりました。海外のマイノリティの方たちは、確かに虐げられてはいますが、それをはねのけようとするパワーが凄いんですよ。彼らは絶対にめげません。その強い姿に共感しました。アメリカを舞台にしたのは、そういう力を描きたかったからで、やはり日本では無理でしたね。

※以下、ネタバレ注意。

――未読の方のために、やや抽象的ないい方にさせていただきますが、物語の終盤でアロンは心を壊しますよね。彼の生き方、つまり、純粋に生きると最後には壊れるしかない、ということについてお話しください。

水野 妥協ができないわけですから、自分を貫けば、どこかで破れるしかないのではないでしょうか。壊れる、というよりも、音楽に限らず、何ごとにおいても突き詰めていけば、やがて行き場がなくなるわけですよ。自らの信念を貫くというのは、それくらい覚悟がいることでもあるのです。

――そういう意味では、『ファイヤー!』は最初からある種の悲劇にならざるをえなかった?

水野 アロンというキャラクターの性格を考えたら、単なるサクセス・ストーリーにはなりえなかったと思います。ただ、あの結末は単なるエンドではないかもしれませんが、かといってバッドエンドというわけでもありません。1人の青年がやりたいことを一所懸命やった後の結果なわけですから。

――そうですね。ウルフからアロンへ、そして、アロンからジョンへと受け継がれた熱い“魂”を感じさせてくれるラストでもありました。

メッセージ性の強い歌詞と流れる線が“音”を伝える

――ここでちょっと技術的な話をうかがいたいのですが、80年代の半ばに発表された上條淳士先生の『To-y』が、漫画における音楽表現を一新したといわれています。具体的にいえば、歌詞や楽器のオノマトペ(擬音語)を一切描かないことで、逆に“音”を読者に想像させたという手法です。ただ、『ファイヤー!』を読めば一目瞭然ですが、水野先生は音楽漫画に歌詞の挿入は必要だとお考えなわけですよね。

水野 必要と言うかネームの流れで自然に出て来るんですよ。特にがんばって作ったわけではないんです。ただ、メッセージを伝えるためには必要かもしれませんね。

 いまの若い漫画家の方の多くは、歌詞を描かないだけでなく、“止まった絵”を描きますよね。ライブの1場面を切り取った写真のような。もちろんそれはそれでありだと思いますが、私個人としては、ライブのシーンを描く時には“流れ”や“動き”を重視したいです。その“流れ”は私の線でしか表現できないものですし、ミュージシャンたちが見せる動きもまた、音楽の1つなのだと思うのです。

――それでは最後に、このインタビューを読んで、『ファイヤー!』という作品に興味を持った方々にひとことお願いします。

水野 ひたすら自分のやりたいことをやる、ということの意味を読み取っていただけたら嬉しいです。決着はつかないかもしれないし、失敗するかもしれない。それでも、やるしかない。『ファイヤー!』ではそういうことを描きたかったし、いまも描いているつもりです。結局、それは長いあいだ漫画を描き続けてきた私自身の姿でもあるんですよ。いずれにせよ、一度きりの人生、「失敗を恐れずまっすぐに突き進んでみないか?」というメッセージは、これからも読者に向けて発信していきたいと思います。
(2023年2月22日、文藝春秋にて収録)

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