『代紋TAKE2』『ゴールデン・ガイ』の漫画家・渡辺潤 任侠漫画の人気作家はなぜ萌え絵を描き始めた?
渡辺潤がなぜ“萌えキャラ”を描くのか
――渡辺先生といえば、最近はTwitterでハッシュタグ“#オッさん漫画家の萌え探索”が話題です。最近では『ぼっち・ざ・ろっく!』の後藤ひとり(ぼっちちゃん)も描いていますよね。先生のこれまでの任侠漫画とまったく印象が異なる、萌えキャラを描こうと思ったのはなぜでしょうか。
渡辺:『デガウザー』がWEB連載で始まったとき、ネットで宣伝が必要だねという話になり、Twitterを始めました。でも初めは僕もSNSに不慣れだったし、発信するネタもなくて、あまり積極的にツイートしない時期が続いたんです。そんなとき、ひょんなことから『けいおん!』の(秋山)澪ちゃんを描いてUPしたら、反応が良かったんですよ。
――澪ちゃんが最初の一枚なのですね。
渡辺:予想外の反響に驚いてしまって、シリーズ化してみようということになりました。描いたものを載っけ始めたらますます反響が大きくなって。フォロワー数も伸びていき、それまでは5,000人くらいをうろうろしていたのですが、いつの間にか10,000人になってしまいました。
――効果がはっきり表れていますね。人気が出た要因はどこにあると思いますか。
渡辺:ギャップが一番大きいと思うんですよ。渡辺潤といえば任侠漫画のイメージで、作中にほとんど女の子が出てこない漫画家が描くから面白いんだと思います。逆に、女の子を描くのがうまい漫画家さんが同じことをやっても、こうはいかないんじゃないかな(笑)。
――取り上げている作品が『ガンダム』シリーズから『魔法少女まどかマギカ』まで幅広いのですが、渡辺先生は萌えアニメを積極的にご覧になっていたのでしょうか。
渡辺:そんなに流行りのアニメを見ていませんでしたし、実のことを言えば苦手意識もあったんですが、2010年前後くらいからスタッフに勧められて見るようになりました。この頃に連載していた『RRR(ロックンロールリッキー)』で、主人公がもともとバンドをやっているという設定だったので、『けいおん!』を勧められましたね。とにかく見てほしい、という感じでね(笑)。最初は理解できなかったけれど、楽器や演奏の場面の描写一つ見ても素晴らしいじゃないですか。いつの間にかハマっていました。
――渡辺先生はかつてバンドも結成しておられ、音楽にも精通していますから、共感するポイントが多かったのかもしれませんね。
渡辺:あと、同じころに『涼宮ハルヒの憂鬱』も見ましたね。総じて京都アニメーションの作品を視聴することが多かったんじゃないかな。『ハルヒ』のアニメって、時系列をシャッフルさせて放映していたじゃないですか。最初はわけがわからないと思っていましたが、何度か見返したらこれが面白い。そして、映画版を見て、(長門)有希ちゃんのかわいさにハマってしまったのです。
――長門有希は僕も好きなキャラです。
渡辺:かわいいですよね。「守ってあげたい!」と思いました(笑)。今まで味わったことがない感情に戸惑いもあったけれど、「これって“萌え”じゃなんじゃないか!?」と思って、受け入れましたよ。
心の底から“萌え”たキャラを描いている
――萌えキャラを描くうえで、テーマはあるのでしょうか。
渡辺:僕にとっての“遊び”であり、“研究”でもありますので、無理には描かないようにしています。自分でかわいいと思ったキャラしか描きませんし、ピピーン!とこないキャラは描かないようにしていますね。『SSSS.GRIDMAN(グリッドマン)』の(宝多)六花ちゃんは、釣り目とか、太ももの感じとか、アニメの女の子と好きな女性のイメージが合致した例です。萌えって言うか、「好き!」なんです。そうした感動が大きければ大きいほど、すぐに描いてしまいますね。
――先生が実際にキャラに萌えを感じているからこそ、Twitterを見た人の心を掴むのかもしれませんね。
渡辺:「あのキャラを描いてほしい!」とリクエストも来るんだけれど、追いつかなくなっちゃうし、アニメを見てなかったらただの模写になっちゃうんですよ(笑)。お手本の絵があれば模写はできますよ。でも、「なぜこの子をかわいいと思ったのか?」という気持ちが、絵を描くうえでは大事だと思うんです。繰り返しますが、ちゃんとアニメを見て、良いキャラと思わないとダメなんです。
――イラストは鉛筆で描かれているのでしょうか。
渡辺:鉛筆で手描きしています。トレスだったら研究の意味がないので、模写にこだわっていますね。模写はいろいろ考えながら描くので、漫画や絵の勉強になりますよ。
――これは漫画家を目指す人には重要なアドバイスと思います。模写をする上でのポイントを教えていただけますか。
渡辺:模写をやるにしても、例えば顔を描くだけで終わらず、身体を描いてみることもおすすめします。僕の萌えキャラの模写も極力キャラの全身やバストアップを描いていますし、フェチがわかってしまうので恥ずかしいのですが、いいなと思ったポイントを分析して記録していますからね。
また、好きな漫画家さんの作品を1ページまるごと模写するだけでも学ぶことは多いと思います。目線の誘導から断ち切りの使いから、人物のサイズに至るまで、どれだけ計算してコマを割っているのかなどがわかりますよ。僕は萌えキャラの研究では好きなものを好きとして描いているけれど、漫画の勉強をするなら好きではないものを敢えて見ることも大切かもしれません。否定から入るんじゃなくて、今、何が受けているのかを冷静に見るのも大切だと思いますね。
――萌えアニメだってそうですよね。はじめは抵抗感があったり、懐疑的な人でも、見たらハマってしまうことだってありますし。
渡辺:そうですね(笑)。
かわいい女の子の研究はこれからも続く
――『ゴールデン・ガイ』に登場する女の子はかわいいですよね。僕はヒロインの大仏満里奈ちゃんのちょっと困ったときの顏が萌えると思います(笑)。研究の成果が表れているのではないでしょうか。
渡辺:ありがとうございます。でも、満里奈は萌えキャラを意識しては描いていないんですよ。萌えっぽい感じを意識して描いたといえば、3巻に出てくるちっちゃい女の子かな。京都アニメーションのキャラっぽくしようと意識しました。幼女はほとんど描いたことがなかったんですが、『けいおん!』のあずにゃん(中野梓)っぽいツインテールの髪型や、目の描き方などに研究の成果が出ていると思います(笑)。
――お話を伺っていると、渡辺先生は“研究”にこだわっておられますね。
渡辺:『代紋TAKE2』の頃から、自分の描く女の子キャラにコンプレックスがあったんです。「週刊ヤングマガジン」は男の雑誌だというノリもあったし、テーマがテーマなのでそこまでかわいさを追求する必要はなかったとも思います。ただ、続く『RRR』ではヒロインをかわいく描こうと思ったけれど、描いてみるとやっぱり雰囲気が固いんですね。そのせいか、当時の僕の担当編集さんから「潤さんの描く女の子、かわいくないっすね~」と言われてしまったんです。
――なんと!
渡辺:とはいえ、編集さんに忌憚のない意見を言えと言ったのは、僕なんですけどね(笑)。その後、『モンタージュ』で主人公の(小田切)未来ちゃんを描くときも、「潤さんの女の子は雰囲気が重いので髪の毛を茶髪にしましょうよ」と提案されたほどです。こんなことがあったので、自分にはかわいい女の子は描けないと思っていたんですよ。でも、『モンタージュ』って10代の子を主役格にして動かしたので、描いているうちにこなれてきたのかな(笑)。連載が続いているうちに、ネットで「キャラがかわいい」と言われるようになってきたんです。
――それは素晴らしいですね。その流れで、現在の萌えキャラの研究や、『ゴールデン・ガイ』の作画に至っているわけですね。萌えキャラのイラストのUPを始めてから、先生の周りでも反響や変化はありましたか。
渡辺:昔の読者が、渡辺潤が今も漫画を描いていると気づいてくれることが嬉しいですね。90年代に『代紋TAKE2』を読んでいて、そこで止まっている方もいるんですよ。萌え絵をきっかけに僕を知った方からは、「こんな変わったことをやっている漫画家がいる」「漫画を読んでみようかな」と思っていただけるので、宣伝効果としてアリですね。久しぶりに会う友達から「萌え絵を描いてくれ」と言われたときは、ちょっとまいったけれどね(笑)。
――先生は数々のヒット作を出されていますが、新しいものを積極的に取り入れようと言う姿勢が素晴らしいですね。
渡辺:漫画業界も社会も変化しつつあるし、その変化に戸惑うこともありますよ。でも、現役でやっていくには新しい文化を取り入れる気持ちでいかないと、頭が固くなってしまうと思います。萌えイラストや、Twitterでの発信などは僕にとってチャレンジですよ。本来はするはずがない行動なので(笑)。でも、そういった変化を楽しめているうちは、まだまだ漫画家としていけるんじゃないかと思っています。
■渡辺潤氏のTwitterはこちら
https://twitter.com/Junwatanabe1968?s=20