交通事故で右足を失ったダンサーがAI搭載の義足と出合って……2050年を舞台としたSF小説がスゴい

AI搭載の義足と踊る?

 今年(2022年)、AIによる画像作成が、大きな話題となった。インターネット上にある膨大な画像を学習したAIに、特定のキーワードを与えることにより、オリジナルの絵を極めて短時間で作成してくれるのだ。ネットにアップされたAIによる絵の中には、魅力的なものが数多くあった。多くの人が、新たな可能性を感じた。

 しかし一方で、さまざまな問題点を指摘する声も上がった。私も絵を見て感心すると同時に、モヤモヤした思いを抱えたものである。いったい何に引っ掛かったのか。長谷敏司の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』を読んで、ようやく答えが分かった。絵という人間でなければ創造できないはずの芸術分野に、機械が侵入してきたことに、本能的な恐怖を覚えたのだ。物語を追ううちに、自分の裡にある疑問が氷解したのであった。

 作者の実に久しぶりの長篇SF『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』は、少し変わった成立過程を持っている。「あとがき」によれば、「2016年にコンテンポラリーダンスのダンスカンパニーである大橋可也&ダンサーズさんにお誘いいただいて、コラボレーション企画として書いた、中篇小説でした」とのことである。しかし当時は、ダンスについての知識も思考の積み重ねも乏しく、とうていSFとして咀嚼できたとは言えないものを出してしまった。その心残りがモチベーションとなり、歳月をかけて、新たな長篇となったのだ。残念ながら私は、公演日に小冊子で配布されたという中篇は未読である。したがって中篇をどのように発展させたのかは分からない。機会があれば、読み比べたいものである。

 物語の主人公は、2050年代のダンスシーンに輝かしい名前を刻むことを、多くの関係者が予感していた、コンテンポラリーダンスの新星の護堂恒明だ。しかし彼は、バイクで大事故に遭い右足を失った。そんな彼に、義足のダンサーになることを勧めたのが、ダンス仲間の谷口裕吾だ。東京理科大学でロボット工学の博士課程まで修了している彼は、自ら起業している。谷口の紹介で高度なAIを搭載した義足のモニターになった恒明は、人間とは違うプロトコルを持つ義足に困惑しながら、再起を目指す。そして谷口が作った、人間とロボットが共演するという、新たなコンテンポラリーダンスのカンパニーに参加するのだった。

 傷ついた芸術家が再起する物語。本書の大筋は、よくあるストーリーだ。だが近未来を舞台とすることと、主人公の“相棒”をAI搭載の義足にすることで、優れたSFに昇華させた。2009年の『あなたのための物語』以降、人口知能をよく題材として取り上げている作者だけに、AIの知識は深く、扱いは巧みだ。自らの義足に対する恒明の感想と感情を通じて、人間とAIの複雑な関係性が露わになっていく。また、恒明のダンスと、もうひとつのある件によって、人間にとっての身体性の意味も掘り下げられていく。作品で示された知見や認識に、何度も感心してしまった。

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