誰もが持つ「心の暗闇」との正しい向き合い方とは? 精神科医が語る、絵本『ドクターバク』の効能
豊かな色彩と温かい質感のイラストに魅せられてページを捲ると、読み進めるほどにそのストーリーに心を掴まれ、子どもだけでなく大人も一緒に楽しめる絵本。『ドクターバク』(サンマーク出版)は、心に生まれた“暗闇=クラヤ実”を食べることのできる医者の話。家族同然の街のみんなを守るため、クラヤ実を食べ続け、医者として患者のメンタルケアをしていくのだが……。
早稲田メンタルクリニックの院長であり、近著に『精神科医の本音』(SBクリエイティブ)や『精神科医のやっている聞き方、話し方』(フォレスト出版)などがある、精神科医の益田裕介氏に本作を読んでもらった。精神科診療につて、一般向けにわかりやすく解説したYouTubeチャンネルの運営も行う益田氏の視点を通して、精神科医と患者の関係性や、問題を抱えたとき人はどのように乗り越えていくかなど、この物語に散りばめられたメッセージを紐解いていく。(編集部)
正しい距離感を保つことこそが大事
――『ドクターバク』を読んで、どのような感想を持ちましたか。
益田:主人公のバクは、医者として街のみんなの心に生まれた“クラヤ実”を食べますが、食べ続けるうちに疲れきって、自らの心から生まれた“クラヤ実”に飲み込まれてしまいます。真っ暗な世界を彷徨ったバクは、そこで美しい光を放つ花が咲いているのを発見しました。暗闇の中に光を見出す描写は、自分の力で壁を乗り越えることの大切さとその美しさを説いていると感じました。
わたし自身、精神科診療を行っていますが、心の課題はやはり最終的にに患者さん自らに乗り越えてもらうしかありません。一方で、どこまで自分の力で進むのか、その方法にはいろいろなやり方があると考えています。自分の力だけでは解決できない人もいるので、乗り越えるための手助けが必要になる場合もあるでしょう。
――実際にそういう人が精神科を訪れますよね。どのような診療をされるのでしょうか?
益田:基本的にわたしたちが担っている役割は、患者さんが抱えている心の問題を客観的な立場から整理して、アドバイスをすることです。例えば、あなたはいま色々と悩んでいるけれど、この部分は家庭の問題ですし、それは上司のパワハラの問題、こちらはトラウマの問題ですよ……と、一つひとつを分けて考えるように伝えます。その上で、いまの職場で悩んだところで会社のことは変えられないので転職しましょうとか、具体的な解決策を提案しています。
悩んでいる人は視野が狭くなってしまっていて、客観的にものごとを判断できなくなっているケースが多いんです。でも、他人から見ればなにが問題かは明らかだったりします。だから、第三者からの視点は大切で、精神科医の仕事はまず、それをしっかりと伝えていくことだと思います。
――物語でドクターバクは最初、みんなの心のクラヤ実を食べることで解決しようとしますが、それではだめだと気づきます。これを現実に置き換えると、どのような診察になりますか?
益田:研修医や若いドクターが、患者さんの身になろうと頑張りすぎるあまり、燃え尽きてしまうことに近いのではないでしょうか。おせっかいを焼きすぎて、むしろ問題を大きくしてしまうみたいな。患者さんの問題は患者さん自身が乗り越えなければいけないもので、医者はあくまでも手助けをする立場です。ドクターバクは、患者さんの問題を自分の問題として解決しようとして、結局のところ患者さんの心の問題をさらに大きくしてしまいました。その経験を通して、おたがいに正しい距離感を保つことこそが大事だと気づいたんでしょうね。
―――心のクラヤ実を食べ続けたのちに、より一層、深い闇に落ちていくという流れがありましたね。これは正しい距離感を見失ったために、起こってしまったことであると。
益田:主治医が患者さんの問題に介入しすぎると、依存関係になってしまいます。精神科の診療は、初診ではしっかりとお話を聞きますが、再診以降は5分診療が基本になっています。そうした中である1人を1時間診療したら、その患者は自分が主治医にとって特別な存在だと思ってしまい、いつの間にか病気を治すというより、主治医に会うことが目的になってしまうことがあります。それは決して健全な医者と患者さんの関係とはいえません。おたがいに依存しない関係を築くことが、患者さんの自立を促すうえでも大切です。
――たしかに、ドクターバクももともと、街の人たちに対する愛情が深すぎる傾向があったと思います。そこで距離間を見失って、患者の問題を一緒になって食べているうちに、自分も闇に捉われてしまいました。一方、その暗闇の中で花が咲いているのを見つけました。暗闇を心の課題と捉えたときに、それは成長のために必要なものともいえるのでしょうか?
益田:例えば、思春期に親や社会に対して反抗的になるのは、成長のステップとして必要なものだと思います。また、世の中を生き抜くための処世術を身に付けるために、社会の厳しさにぶつかったりすることや、挫折を経験することもまた、成長のための痛みとして学ぶものはあると思います。もちろん、だからと言ってパワハラなどを肯定するわけではありません。度を越したストレスでなければ、暗闇もまた学びの機会だと捉えることも可能だと思います。
――その話でいうと、ここ数十年で反抗期のない子どもが増えていると言われています。益田先生はどう捉えていますか?
益田:ヤンキーがオタク化している、とは言われていますよね。かつての不良が引きこもりになるように、攻撃性が外ではなく内側に向かっている。社会と正面からぶつかった経験を経て徐々に社会化していくというより、自分さえ良ければ良い、という形での反抗に変わっているような気がします。
あとは高齢化社会なので、老人に好かれる方が得だという“孫文化”が醸成されています。自分たちで何とかしようというより、老人に気に入られるにはどうしたらいいか、を考えるようになってしまっている。そのような結果として、反抗期のない子どもが増えているのかなと考えております。経験不足で社会性が養われないまま大人になる人が増えているとしたら、問題だとは思います。ドクターバクも、「街のみんな」との関係性の中で相手との距離感を学び、居場所を見つけ、自立していきますよね。
――改めて、『ドクターバク』をどんな風に読むのがおすすめか、益田先生の考えを教えてください。