雨穴、地獄のミサワ、ダ・ヴィンチ・恐山……次世代作家を輩出する「オモコロ」の強み

雨穴を輩出した「オモコロ」とは?

 謎の覆面ミステリ作家・雨穴(うけつ)の新作『変な絵』(双葉社)がベストセラーとなり、その“正体”に関心が集まっている。前作『変な家』の編集を担当した飛鳥新社の杉山茂勲氏は、「リアルサウンド ブック」のインタビューで「電話もZoomも一切していなくて、声も顔もわからない」と語っており、業界関係者にとっても謎の人物だが、元々は「オモコロ」というWebメディア出身のライターだ。

 「オモコロ」は2005年に立ち上げられた、「ゆるく笑えるコンテンツに特化したWebメディア」。ギャグ漫画『カッコカワイイ宣言!』で知られる地獄のミサワ、佐渡島傭平が「天才」と評する小説家・漫画原作者のダ・ヴィンチ・恐山、『ネコノヒー』などの人気作がある漫画家・キューライスや、漫画アプリ「ジャンプ+」で不条理ギャグバトル漫画『センコーバトル』を連載中の小山喜崇など、多くの個性的な作家を輩出しており、“次の雨穴”を探す出版業界の注目は、さらに高まっていくかもしれない。

 筆者は黎明期に少しだけ、同サイトに寄稿させてもらっていた時期がある。その経験から「オモコロ」の特徴を挙げるなら、「言語化が難しい、ファジーなもの」を形にする文化が、サイト開設当初からあることだ。同じネットカルチャーでもインパクト重視のYouTuber的な方向性とは違い、インターネット黎明期に勃興したテキストサイト文化を下敷きに、「なんか面白い」「なんか変」というファジーな領域を攻める記事が多い。サイト説明文にある「読んだあとに『なんだったんだろう』と思うことがしばしばあるかもしれませんが、人生にはときとして脳を休めるムダな時間も必要ではないでしょうか」という言葉が象徴的だ。「予定調和」や「わかりやすさ」を最初から捨てているとも言える。

 結果としてシュールに感じられる記事も多く、「伝わらない人には伝わらない」メディアとも言えるが、インパクト重視ではないゆえに攻撃性は低く、不思議な癒しが感じられるのも、多くのファンを抱える要因のひとつだろう。人を選ぶようで、実はあまり選ばないメディアであり、実際に「オモコロ」本体、またYouTubeの「オモコロチャンネル」は多くの企業案件に恵まれ、記事広告のヒット作を多く作り出している。

 「実家の母を安心させたくて『一人暮らし中の家』に初招待してみた」「『奴は四天王の中でも最弱』って言われたい!四天王No.4決定戦」とは、いずれもバズを起こした記事広告のタイトルだが、出稿元がどんな会社で、どんなサービスや商品をPRしたいのか、一見してわかるユーザーはいないだろう。わかりやすいPR記事/PR動画が敬遠される傾向があるなかで、こうしたおふざけ、バカバカしさのあるクリエイティブを商業ベースに乗せるのが巧みな「オモコロ」は、独自の地位を確立している。

 そうした「オモコロ」の特徴と照らしたとき、雨穴の作品はどう捉えられるか。『変な家』『変な絵』はともに、一見何ということもない「絵」や「家の間取り」を提示し、読者に違和感を覚えさせながら真相を明かしていくという、“意味がわかると怖い話(意味怖)”的なアプローチがなされている。それ自体がネット的であり、衝撃的な事件やアクロバティックなトリックで耳目を集めるのではなく、視覚的な仕掛けと柔軟なアイデアで、読者に冷や汗をかかせるのが「オモコロ」的に思える。推理上のポイントのまとめ方や画像の差し込み方、セリフの読みやすさなど、ウェブライターらしい感性も、この時代に多くの読者を獲得した要因だろう。

 前出の地獄のミサワであれば、「つれー 実質1時間しか寝てないからつれーわー」のようなセリフがネットミーム化して久しいが、こちらも爆笑を誘うというより、意外と言語化されていなかった“あの感じ”をデフォルメして表現しているところに面白みがあった。一見バカバカしい発想や、言語化しづらい面白さ。日々のメディア運営のなかでトライ&エラーを繰り返した“特殊な集合知”を基盤に世に出てくる、オモコロ出身の作家たちは、今後も出版業界で異彩を放っていくかもしれない。

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