【誕生日】 漫画家・矢口高雄 人気イラストレーター・Ixy「AIが絵を描く時代だからこそ釣りキチ三平に学ぶべき」
10月28日は漫画界に数多くの功績を遺した矢口高雄の誕生日である。2020年に81歳で亡くなった矢口は『釣りキチ三平』など雄大な自然を舞台にした漫画を描き、その卓越した画力は現在でもTwitterなどSNSで賞賛されている。そんな矢口の絵から大きな影響を受けたと語るのが、ライトノベルのイラストを数多く手がけ、Twitterのフォロワー数が約60万人という人気イラストレーターのIxyだ。ポップなテイストを持ち味とするIxyと矢口高雄の絵は、一見すると共通点がないように思えるのだが、どんな影響を受けているのか。気になった筆者はIxyに単独インタビューを敢行。リスペクトの精神に溢れる想いに迫ってみた。
矢口高雄が描くキャラの魅力に脱帽
――イラストレーターのIxy先生が矢口高雄先生のファンと聞いて驚いています。同様に驚かれた読者も多いと思いますが、作品との出合いは何がきっかけだったのでしょうか。
Ixy:実は2018年ころまで、4年くらいイラストの仕事を積極的に受けなかった時期があったんです。それ以前はpixivで楽しんでイラストを発表していたのですが、2010年以降は評価社会のようになり、精神的にも疲れてしまってしばらく描く気力が起きなかったんです。そんなときに、矢口高雄先生の絵に出合いました。近所の漫画喫茶に『釣りキチ三平』や『マタギ』の漫画が置いてあったので、手に取ったのがきっかけです。
――それまでは、矢口先生の絵はご存じだったのでしょうか。
Ixy:お名前は存じ上げていたのですが、作品を読んだことはなかったのです。ただ、画力が高くて凄い人だぞということは、Twitterで矢口先生について書かれた記事がよくバズっていたので、なんとなく知っていました。
――漫画を読んでみて、いかがでしたか。
Ixy:とにかく驚きましたね。ここまで丁寧に描かなくてもいいんじゃないかと思うほど、小さなコマまで凄い密度で描き込まれているんです。内容が濃すぎて見入ってしまい、1ページを読み進めるだけでドッと疲れがきてしまうほど衝撃的でした。コマごとに素晴らしい絵画を見せられているようでしたね。しかも、この密度で週刊連載をしていたということが衝撃でした。
――おっしゃるとおり、矢口先生と言えば背景の描き込みが凄いですよね。
Ixy:僕にとっては、キャラクターの描き方も魅力的なんですよ。矢口先生って、背景は劇画タッチなのにキャラクターは漫画的ですよね。異なる作風の背景とキャラクターを融合させた漫画は、ほかに真似できる人はいないのではないでしょうか。
――確かに、釣りをしているときの三平の動きをひとつとっても、物凄く漫画的ですよね。ディズニーのアニメでも見られないくらい、ダイナミックなポーズをとっています。
Ixy:矢口先生といえば背景が注目されますが、キャラクターだけの白ゴマがたくさんあっても、十分に読者は楽しめるんじゃないかと思えるほど、高い画力を感じます。キャラクターが程よくデフォルメされていて、現代にも通じるほど魅力的なんですよ。30~40年前の絵なのにまったく古さを感じないし、流行に左右されない絵柄だと感じます。これはいったいなぜだろう、と思いました。そして、矢口先生の絵に学べば、自分の絵も普遍性のある絵柄にできるんじゃないか、と考えるようになったんです。
技法を取り入れて絵の可能性が広がった
――衝撃を受けたIxy先生は、さっそく矢口先生の技法をご自身の絵に取り入れられたのでしょうか。
Ixy:例えば、2018年頃の僕の絵は、目の描き方などに影響を受けていると思います。意識したわけではないのですが、矢口先生の絵を見過ぎて、自然に取り入れてしまった感じですね。技法も分析しました。僕は矢口先生が描いたキャラを見たとき、まず初めに腰に目が行きました。腰を中心に腕や胴体が伸びて、あのダイナミックな表現が生まれているんです。
――確かに、言われてみると三平が魚を釣り上げて飛び跳ねているシーンひとつ見ても、腰が印象的ですね。
Ixy:あと、矢口先生の凄さといえば手の描き方です。これは勝手な想像なのですが、矢口先生は見開きのページの構図を決めるときは、手の位置を最初に決めているんじゃないかと思いました。このことに気づいて、手の位置を先に決めてイラストを描いたら、構図が自由にとれて、空間が無限に広げられることがわかったんです。だから、『釣りキチ三平』で魚を釣り上げるシーンは、あんなにダイナミックな構図になるんだろうなと思います。
――イラストレーターも漫画家も、キャラクターの顔を先に描く人が多い気がします。
Ixy:はじめに頭や胴体を決めてから描き始めると、どうしても絵が描ける範囲が狭まるんです。例えば、1枚の紙にイラストを描くとしましょう。顔を先に描くと下半身が入りきらなかったり、窮屈に見えてしまうことがある。ところが、先に手の位置を決めると自由自在に構図がとれるんですよ。
――それは発見ですね。実際、Ixy先生はイラストを毎日のようにTwitterにUPされていますが、同じ構図の絵がほとんどありません。
19日目 三平(釣りキチ三平)#100日チャレンジ pic.twitter.com/4xmfPtUkx7
— Ixy(いくしー) (@Ixy) October 27, 2022
Ixy:そうです。先に手の位置を決めてから描き始めるので、単調な立ち絵にならないのです。
――たまに、Ixy先生の絵柄を取り入れている人を見かけますが(笑)、どこか不完全な絵になっている要因は、手から描いていないからなのかもしれませんね。
Ixy:そうですね。というより、僕のイラストを真似するよりも、ぜひ矢口先生の絵を見てほしいと思います。とにかく、絵に対する見方がガラッと変わると思いますから。