『ベルセルク』が少女マンガから受けた影響とはーー藤本由香里の『ベルセルク』論

藤本由香里の『ベルセルク』論

 世界中で愛読されるダークファンタジーの傑作漫画『ベルセルク』。作者の三浦建太郎が2021年5月6日逝去したことで未完となっていたが、かつて三浦を支えた「スタジオ我画」の作画スタッフと、三浦の盟友・森恒二の監修によって、2022年6月24日より連載が再開したことでも話題となっている。

 同作は後世に何を伝えたのか? 社会学者の宮台真司、漫画研究家の藤本由香里、漫画編集者の島田一志、ドラマ評論家の成馬零一、作家の鈴木涼美、暗黒批評家の後藤護、批評家の渡邉大輔、ホビーライターのしげる、漫画ライターのちゃんめいという9人の論者が、独自の視点から『ベルセルク』の魅力を読み解いた本格評論集『ベルセルク精読』が、8月12日に株式会社blueprintより刊行された。

 『ベルセルク精読』より、藤本由香里による論考「三浦建太郎という溶鉱炉 ー追悼・三浦建太郎ー」の一部を抜粋してお届けする。(編集部)

三浦建太郎へのインタビュー

 三浦建太郎氏の訃報を知った時、大きな衝撃を受け、1週間くらいは思い出すたびに涙が止まらなかった。自分でも驚くくらいのショックだった。

 三浦建太郎さんには、生前二度ほどお会いしたことがある。

 一度目は小著のためのインタビュー。二度目は『ベルセルク』が手塚治虫文化賞の優秀賞を受賞した時で、『ヤングアニマル』の作家さんたちが勢ぞろいした二次会での熱気が忘れられない。たしかガッツの姿を刻印した焼き煎餅がお土産で、しばらくもったいなくて食べることができなかった。

 しかし何より忘れ難く貴重なのは、小著『少女まんが魂』(白泉社、2000年)のためにお引き受けいただいたインタビューだ。かねてより私は「『ベルセルク』は少女マンガだ」という持論を持っており、主に少年や「男同士」の関係を主軸に描く女性マンガ家さんたちのインタビュー集でもあるこの本の版元が『ベルセルク』と同じ白泉社であったため、編集部に頼んで特別に、三浦建太郎さんのインタビューをさせていただくことになったのだ。

『ベルセルク』は少女マンガだ!

 当時、三浦さんはものすごくお忙しく、すべての時間をマンガに捧げるため、アパートを出るのは、コンビニに行く時とジムに行く時、週に2回だけなので、可能なのは、この日のこの時間だけ。それがダメなら受けられない、と担当編集者から言われて驚いたのを覚えている。実際、お話を聞いていても、ほんとうに三浦さんは「マンガにその人生を全振りしている」(『ヤングアニマル』2021年号三浦建太郎追悼号特別付録「Messages to KENTARO MIURA」中の吠士隆氏の言葉)ことが、かけねなしに伝わってきた。

 今まで私もずいぶんマンガ家さんへのインタビューをさせていただいてきたが、初対面にもかかわらず、この時の三浦さんほど率直で、しかも深い創作の秘密を語っていただいたことは他にないと思う。だからこそ、作品の魅力とあいまって、このインタビューは私にとっても忘れ難く、魂の底に沈むようなものとなった。『少女まんが魂』というこの本の題名そのものが、じつは三浦さんとの対話の内容から来ている。ガッツの剣がじつは、私が最初に連想した『バイオレンスジャック』ではなく、和田慎二『ピグマリオ』から来ているとか、『グイン・サーガ』からの影響もあるとか、若い頃の「仲間」のこととか、お話をかなりうかがっていく上で、「(『ベルセルク』は少女まんがだと言われても)じゃあそんなに意外ではない?」という私の質問に対し、三浦さんは「違和感はないですよ」と答え、「では藤本さんがおっしゃるのは、どういう意味で少女まんがなんでしょうか?」と問い返す。それに対して私が、「…まあ、一言で言うとすると、『魂の柔らかさ』みたいなものかなって」と答えているのである。

 少女マンガの本質をそうした言葉で言い表すというのは、じつはそれまで考えたことがなかった。しかし三浦さんに問い返され、とっさに出てきたのが「魂の柔らかさ」という言葉だった。そしてそれが本のタイトルにまでなったというわけなのだ。

 実際、『ベルセルク』には、三浦建太郎の作品には、魂の柔らかさがある。そして三浦さん自身、コマ割りや描写など、少女マンガを徹底して勉強したと、このインタビューで語っている。とくに大島弓子。

「どのあたりが大島弓子とかありますか?」という私の質問に対し三浦さんは、今となっては記憶が定かではないが、と断った上で、「グリフィスの夢のシーンとか。夢のシーンはとくに多かったんじゃないかなあ」「主にはコマの流れ方とか、画面の作り方だと思う」「精神面の描き方とかは、影響されるというよりも、自然に中に入っちゃってます」と答えている。

 三浦さんが、感情の流れを描く少女マンガを意識的に勉強した背景には、高校時代、同じくマンガ家を目指す個性的な仲間たち(その中には、大親友で、今では同じ『ヤングアニマル』のトップ作家の一人となっている森恒二さんもいた)とのやり取りの中で、感受性的には自分がいちばん子供で、仲間より劣っている、というコンプレックスがあった。絵は仲間内でも突出して上手い。だが、感じ取る力が弱い。そう感じた三浦さんは、「友達と映画を見て、そいつが感動したとすると、その感動の感覚っていうのを説明してもらってた。ここがこう来て、この人間関係がこうだから、これはこう感動するんだよ、って。そういうのを半分あきれられながらも説明されて、ああ、なるほど、もう一回見てみようと」。その延長線上で、三浦さんは少女マンガを徹底して研究し、そこに描かれている感情の流れを自分のものにしていこうと志した。

 とくに前半の「蝕」のあとの「ロスト・チルドレン」編あたりまでの『ベルセルク』には、その野太くすべてをなぎ倒すような凄惨で残酷な息もつかせぬ剣戟の連続と並んで、チャイルド・アビューズを含む親との葛藤、「親に愛されなかった子ども」という設定、「運命の対」としてのグリフィスとの出会い、という少女マンガの王道とでもいうべき要素が散見される。その流れの中で、相手への警戒がしだいに緩んでいく過程、成長への焦り、憧れと裏切り、孤独と絶望......と、繊細な心の襞に分け入り、魂に刻まれるような深い感情の描写が圧倒的だ。とても若い頃、自分の感受性にコンプレックスを抱いていた人の作品とは思えない。三浦さんの言葉を借りれば、「それはどうも僕の一番苦手なところが、補強に補強を重ねたら、一番出っ張ったらしい」ということなのだろう。 

続きは『ベルセルク精読』掲載 藤本由香里による論考「三浦建太郎という溶鉱炉 ー追悼・三浦建太郎ー」にて

■書籍情報
『ベルセルク精読』
著者:宮台真司、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、渡邉大輔、後藤護、しげる、ちゃんめい
発売日:8月12日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/62de2f520c98461f50f0881e

■目次
イントロダクション
宮台真司 │ 人間の実存を描く傑作『ベルセルク』
藤本由香里 │ 三浦建太郎という溶鉱炉 -追悼・三浦建太郎-
島田一志 │ マイナーなジャンルで王道のヒーローを描く
成馬零一 │ 私漫画としての『ベルセルク』
鈴木涼美 │ 穢されないのはなぜか -娼婦と魔女がいる世界-
渡邉大輔 │ テレビアニメ『ベルセルク』とポスト・レイヤーの美学
後藤護 │ 黒い脳髄、仮面のエロス、手の魔法
しげる │ フィクションと現実との境界線に突き立つ「ドラゴンころし」
ちゃんめい│ 後追い世代も魅了した「黄金時代篇」の輝き
特別付録 成馬零一×しげる×ちゃんめい │『ベルセルク』座談会

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