“あの頃の感覚”を忘れなかった松本大洋だけが描けた名作 『GOGOモンスター』文庫化に寄せて

『GOGOモンスター』文庫化に寄せて

※本稿には、『GOGOモンスター』(松本大洋/小学館文庫)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)

 松本大洋の代表作のひとつ、『GOGOモンスター』が文庫になった。かつて(2000年)、「描き下ろし作品」として刊行された親本の装幀も素晴らしいものであったが、「子供の中の小宇宙」をテーマにしたこの漫画には、「文庫」というフォーマットこそ相応(ふさわ)しいといえるかもしれない。

「あっち」と「こっち」の狭間にいる少年が、友だちを守る

 『GOGOモンスター』の主人公は、「あっち」の世界と交信することができる、小学3年生の立花雪(ユキ)。「あっち」には、彼のカリスマでもある「スーパースター」というボスがいて、最近現れた「やつら」の存在に困惑しているらしい。「やつら」とは、「あっち」の世界の邪悪な侵略者たちのことだが、なぜかユキは、徐々に「スーパースター」の“声”が聞けなくなって……。

 一方、転校生の鈴木誠(マコト)は、周りから常に「変人」扱いされているユキの数少ない理解者となるが、ある時、用務員の「ガンツ」からこんなことをいわれる。ガンツは、ユキが心を開いているただひとりの大人だ。「君がおれば大丈夫だよ、マコト。実は、君が転校して来る前まで心配していたんだ。ユキはこのままで大丈夫なのだろうかとね」

 その言葉を受けて、彼はこう答える。「僕なんか、あっちの世界も見えないし、(中略)全然普通です。通知表だってオールBなんです…」

 だが、マコトは、彼が考えているほどには「普通」ではないのである。それは、ユキのことを気味悪がっている“その他大勢”の(つまり、マコト以上に「普通」の)同級生たちの姿を見ればよくわかるだろう。そう、松本大洋は、この物語において、ユキを怖がり、また、「あっち」側の世界を視(み)ようともしない「普通」の子供たちのほうをこそ、心を持たない「怪物」のように描いているのだ。

 そんななか、マコトだけはユキの話に真剣に耳を傾け、「あっち」のことを理解しようとする。それゆえに彼は、彼なりのやり方で、現世(こっち)と異界(あっち)の境界線を超えることができたのだろう。(ネタバレになるので詳しい内容を書くのは避けるが)クライマックスでユキは闇の世界に取り込まれそうになるのだが、それを防ぐことができたのは、マコトがある行動をとったおかげだった……。

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