『Shrink~精神科医ヨワイ~』が描く、メンタルヘルスの重要性 施設の料金までカバーする“徹底した読者目線”を考察

『Shrink』が描く目指したい世界像

 「精神病患者は少ないけれど自殺者が多い国」ーー主人公の弱井は、日本のことをそう呼んだ。事実、警察庁が公開している統計調査によれば、ここ数年では年間2万人を超える自殺者が出ている。また厚生労働省自殺対策推進室のまとめでは、「健康問題」を原因・動機とする自殺者数の内訳として「うつ病」が最も多く、それだけメンタルヘルスの問題は深刻だと考えられる。

 しかしその一方で、精神科に行ったことがあるという人はどのくらいいるのだろうか。メンタルの不調を感じたり、落ち込んだりしたとしても、どこか自分が精神病にかかるはずはない、と思い込んでいる人も多いように思われる。日本ではまだ、精神病は風邪や身体の病気よりもタブー視されがちだ。

 そんな状況の中でも、精神病の身近さを感じさせてくれたり、精神科に通うことはもっと気軽に捉えていいと思わせてくれるのが、漫画『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』である。読む薬のように、そっと心に寄り添いながらも現代日本の抱える社会問題にも切り込む本作の魅力を紹介したい。

読み手への配慮のあるリアルさ

 本作の特徴として、まず気になったのが、各ストーリーの名前が病名になっていることだ。話の途中で病名が発覚し、その患者や家族が驚くというのは医療漫画でよくある展開だが、この作品では初めから病名が明かされている。

 目次の時点で、どんな病についてのストーリーかわかるので、初めから通して読まずとも興味のある部分から読むこともできるだろう。摂食障害、PTSD、発達障害など最近ではよく聞くようになった症状がそれぞれ数話に渡って描かれていく。うつ病は微笑みうつや産後うつなど細かに症状を分けてエピソードが紹介されている。

 物語の中では、弱井が病についての知識をもとに看護師と会話したり、患者と話すシーンが多々登場する。具体的な治療法の例なども上げられているので、なんとなく聞いたことがあるけれど、よく知らなかったと思うような病に関する知識を得ることもできるだろう。また、ストーリー上で触れられずとも、セリフに詳細な脚注が入れられていたり、精神病患者向け施設の利用料金まで脚注がつけられている。大袈裟なドラマチックさよりも、読み手に寄り添った役に立つリアルさと配慮が目立つ作品だ。

メンタル不調の背景と企業社会を描く

 本作では、多くの患者が社会人であり、何かしらの企業に務める働き人たちだ。メンタル不調に陥るには環境や、タイミングなどさまざまな要因があるだろうが、本作ではその背景のひとつとして企業や労働社会のあり方をあげ、それらへの疑問を提示しているように見える。

 例えば、1巻では、上司のパワハラで「ほほ笑みうつ」を発症し、休業せざるを得なくなってしまったサラリーマン男性のエピソードが描かれる。原因となったハラスメントへの問題視はもちろんのこと、精神病による休業と復業の仕組みについても触れられている。精神病によって休業する場合にはどんな手当が得られるのだろうか、復業時にどんなことに気をつければいいのか、具体的な知識を提示してくれるのである。

 その他にも、精神障害者雇用の仕組みについて説明された回などもあった。前向きに、使用できる仕組みがあることを説明しつつも、弱井は明確に、まだ日本の企業における精神病患者のためのシステムは整い切っていないことも説明する。精神病は身近であるという前提に立ち、患者個人ではなく企業や組織の変革も必要であると提示してくれるのだ。

「そんなこと」で精神科に行っていい

 日本では精神科に通うことへのハードルはまだまだ高い。「少しメンタルが落ち込んでいるけれど、こんなことで精神科に行っていいのだろうか?」、そんな風に思ったことがある人は、本作を読んでもらいたい。

 本作では、どの患者も最終的には前向きな治療に臨み、改善への兆しを見せてストーリーが終わっていく。然るべき処置を行えば精神病は治るし、風邪と同じように早め早め、気軽な通院が大事なのである。

 そして、弱井の言葉は「弱さ」を肯定してくれる。第1話で、弱井は「僕はこの国にもっともっと精神病患者が増えればいいと思っています」と言う。精神病そのものや、メンタルヘルスについて語ることがタブー視されがちな状況では、精神病の兆候があっても自身の病を認めて精神科に通う決断ができない人が多いと考えられる。精神病患者が増えることは、我慢しすぎてしまう人が減るということだ。病にかからないのであればそれが1番ではあるが、例え精神病患者になったとしても、それは弱さではない。現代における大事なイシューの一つであるメンタルヘルス、考えるきっかけとして本作に頼ってみるのもいいかもしれない。

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