矢部太郎が明かす、マンガに活きるお笑いの土壌 ベストセラー『ぼくのお父さん』はなぜ生まれたのか

矢部太郎が明かす、マンガに活きる“お笑い”

お父さんの作るものに反応できなくなっていた思春期

矢部太郎

――お父さんの作るものに反応できなくなっていた時期があったと聞きました。思春期とかですか?

矢部:お父さんは子供向けの絵本を描いているし、子どもはみんな面白いという考え方なんです。それで自分が思春期になって、子どもじゃなくなったら、お父さんが求めているものから外れるんじゃないかみたいな気持ちがあったと思います。絵本とかを読んでくれて、感想を聞かれると、お父さんの求めている答えを探してしまったり。子どもっぽい、もっとピュアなことを言わなきゃとか。そういうのはありましたね。あとは単純に経済的に裕福じゃないことへの不満もあったと思います。

――そういった思春期を経て、東京学芸大学へ進まれました。現役ですか?

矢部:そうです。高校3年生のときには予備校に行きました。

――お父さんに進路相談は?

矢部:してないと思います。お父さんは「とにかく好きなものが見つけられたらいいよね」みたいな人なので、そういう意味では、大学へ行けば4年間好きなものを探せるんじゃないかみたいなことは言われたかもしれません。将来のことはそんなに考えてなくて、お笑いは高校のときに文化祭で入江(慎也)くんとやって面白そうだなと思ったり、漫画も読むのはずっと好きでしたが、それを仕事にといった発想はなかったです。

ロケで失敗しても、「できないことはしょうがない」

――大学在学中にお笑いコンビ、カラテカとしてデビューしました。これでやっていこう、やっていってもいいと思えたのは。

矢部:サークル感覚だったというか。最初は劇場で月に2回ライブをするくらいでしたし、だんだん増えたらいいかなくらいの気持ちでした。それが出番がだんだん増えて、オーディションに行かせてもらったりして、テレビに出て、『電波少年』で拉致されたりして、大学にも行けず、いつの間にか除籍になって、もう戻れないなと(苦笑)。

――そこで、腹をくくった?

矢部:お笑いをするんだなとは思いましたけど、腹をくくるって感じでもないです。実家も東京だし。やったるで!みたいなこともないし、すごく苦労した時代もないし。なんかぬるぬるしてるんです。すみません。

――苦労したことや、何かできなくて、自分ってダメだと卑屈になることもない?

矢部:できなくて失敗したことは、もちろんありますけど、でもそれは僕にはできないことなんだからしょうがないよなと思います。お笑いでもロケとかで全然できなくて、マネージャーさんとか入江くんに怒られてましたが、心のなかでは「それは僕に向いていないことだから、無理だよね」と思ってました。

――あはは! 

矢部:人には向き不向きがありますからね。その場合は僕に求めたことが間違いなんです(笑)。

出来上がった結果より、作っている過程に価値を感じる

――現在、成功されている矢部さんですが、物事の結果ではなく、過程に価値を感じるそうですね。それもお父さんからの影響があるとか。

矢部:お父さんと一緒に、いつも何かを作っていた気がするんです。昔から、僕にとっては、出来上がったものよりも、作っている時間のほうが大切だったというか。こうして今、本を出したりして、「増刷が決まりました。おめでとうございます!」とか編集さんから来たりしても、「そうですねー。おめでとうございます」とか返信するくらいで。なんでそんなに冷めてるんですか?とか言われることもあります。けど、実際そんなにそこには興味がないんです。なぜなのか、僕自身、あまり分からないんですけど。

――インタビューなどで質問されてみて、改めて、結果より過程に価値を感じているんだなと。

矢部:そうですね。あと、『大家さんと僕』に関しては、大家さんが亡くなっていることも大きいかもしれません。大家さんがいないのに作品が売れていって、なにか“虚無”になるというか。過程が好きなのはほかの作品や物事に対してもそうですが、『大家さんと僕』に関してはさらに違った思いがありますね。

作品を書いてみて、モテるようになりました

矢部太郎

――作品が売れたことによって気づいたことはありますか?

矢部:前に、同期だったカリカの林克治くんがバーをやっていたときに、「なんか、モテたいんです」みたいに相談したことがあって。

――モテたい!?

矢部:あ、女性にモテるという意味より、周囲の人に魅力を感じてもらえるという意味で、です。どうしたらいいんですかね、みたいに相談して。そしたら林くんが、「矢部さんは何か作品を作ったほうがいいんじゃないか」と。僕は自分からあまりしゃべらないし、自分を出すみたいなのは恥ずかしくてできないし。だから作品を書くことで自分を出せるんじゃないかと。漫画とか描く前のことでしたが、作品を書いてみて、よかったなと思うのは、確かにモテるようになったことです。

――おお。すごい。

矢部:でももっと早くモテたかったです。もう遅いなって。

――そんなことないですよ!

矢部:10代とか20代でモテたかったです。

――いわゆる女性からも? でも今、実際にファンレターがたくさん来ますよね。

矢部:でもファンレターはだいたい大家さんのファンですし。今回もお父さんのファンが増えそうです。

――でもそれは矢部さんが大家さん、お父さんの魅力を伝えられたからこそ。

矢部:そう、そうなんです! 

――(笑)。『ぼくのお父さん』が発売されて、読者からの反応は?

矢部:Twitterで感想を書いてくれた人たちに「いいね」をさせてもらっているのですが、僕の個人的なお父さんの話を描いたけれど、みなさん自身のお父さんのことを話してくれている感想が多くて、すごく嬉しいです。自分のお父さんはちょっと変だなと思って書いたけれど、「私のお父さんも変でした」といったものが多くて、あぁ、みんなのお父さんも変なんだなって。そうしたみなさん自身のことに繋がる感想は嬉しいですし、描いてよかったなと思います。

■書誌情報
『ぼくのお父さん』
著者:矢部太郎
出版社:新潮社
価格:1,265円(税抜き)
https://www.shinchosha.co.jp/bokunootousan/

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