室町時代の日本人はめちゃくちゃ荒っぽかった? 明大教授が語る、ハードボイルドな日本人像

明大教授が語る、室町時代の日本人像

歴史もロングショットでとらえれば滑稽に見えてくる

ーー室町時代の人たちは、なぜにここまで荒っぽくて、自由だったのでしょうか。

清水:本来的にどの社会も、高野さんが見た現代のソマリアにしても、人間の社会って「文明」という外皮をまとっていて、それをひと皮めくってみると、どの社会も似通っているんじゃないかと思うんです。

 だから室町時代だけが、日本人だけが特殊だったわけではなくて、 どこの人間の社会にも共通する部分があって、それがよく出ているのが室町時代なんじゃないかなと思っています。それはただ野蛮なだけじゃないんです。たとえば復讐をまったく野放しにする社会というのはどこにもなくて、どこかで必ず慣習的な歯止めをかけているんですよね。死者の数が同じになったら引き分け、とか。日本で言えば喧嘩両成敗のような、そういうプリミティブ(原始的な)なルールみたいなものが、ソマリアにも室町時代にもあるんです。

ーー日本に限らず、どの社会も文明が成立するまでに荒くれ者たちの時代を経ているということですね。

清水:よく、古代は律令制度で国家がしっかりしていて、それが中世はゆるんで、近世になると江戸幕府でまた固まってくるという、波を描くように時代が変わってきたイメージを持たれることが多いんですけれども、そうではなくて、基本的に徐々に長いスパーンで文明化を遂げているんです。室町時代から戦国時代というのが、ちょうど野性から文明への緩やかな転換点になるんじゃないかなと思うんですよね。

ーーそう考えると、フィクションで室町時代を描くのは難しそうですね。そのまま現代の価値観に当てはめられなさそうで。

清水:そうですね。ただ僕は、大河ドラマとか歴史小説で主人公に感情移入をしたり、一喜一憂したりするというのは、それはそれでいいと思うんですよね。それは現代小説の登場人物に自分を投影させるのと同じことで。それを「歴史的には本当は…」っていうのは野暮な気もしていて。

 ただ、歴史には怖いところがあって。以前、ある政治家がなにかの政策を立ち上げる時に、「ここは桶狭間で行くぞ」というような表現を使ったんですね。要するに、「一気呵成にやるぞ」って、役人にはっぱをかける意味で言うんです。

 ところが、桶狭間の戦いは実際は奇襲作戦ではなかったっていうことは、すでに研究のうえで明らかになってるんです。にもかかわらず、小説なんかの世界では織田信長が少数の兵で大きな敵を奇襲攻撃で倒したと、語られ続けている。

 政治家や経営者には歴史を好きな人が多いじゃないですか。そういう人が古い歴史のイメージを無批判に現代に持ち込むというのは、すごく怖いことだと思います。明らかに無謀な戦略に歴史的な根拠が与えられてしまって、彼らの下で働く人たちが現実にそれに基づいて突っ走らされることを考えると、そこはもっと慎重であるべきでしょう。

ーー逆に、室町時代の人たちと現代の人たちのあいだに、通じる部分はありますか?

清水:たとえば、室町時代に生まれた狂言なんか見ていると、家来が主人に一杯食らわせるというような場面がよくあります。主人に仕えながら、ちゃっかりピンハネをしていたり、命令を聞いているふりをして、勝手なことをしていたり。それは「下剋上」とか、室町時代の人々の「たくましさ」だっていわれるんですけれども、見方を変えると、現代の会社のなかでの上司と若い人たちのカルチャーの違いによって生じるギャップと大して変わらないのかなと思います。上司が飲みに誘ったら、若い人は「いや、デートがありますから」ってさらっと帰っちゃうみたいな。

 一方では組織とか伝統というものを守る人たちがいて、それに対して、いや自分の生活のほうが大事です、自分の感覚を大事にしたいですと臆面もなく言う人たちが出てくるというのは、やっぱりいつの時代もあるんです。

 それらはクローズアップで見ると、ある種の悲劇なんですよね。ところがチャップリンが「人生は近くでみれば悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」と言ったように、ロングショットで見ると、それって極めておもしろい世代間対立で、コメディにもなるんです。

 僕は基本的に、歴史をロングショットで見たいんです。この本でも人が死んだり、出家して命を絶ったりとか、クローズアップで見るとすごく悲劇的な話も多いんですけど、研究者である以上、なるべく俯瞰(ふかん)して見たい。引いてみると、当人たちは真剣でも、おおむねシニカルだったり滑稽な話になっちゃうんですよ。「本当にこの書き方でいいのかな」と思う部分もあるんですけれども。でも、歴史ってそういうものなのかもしれないという気はしていますね。

清水克行『室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―』(新潮社)

■書籍情報
『室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―』
清水克行 著
6月17日発売
1,540円(税込)
出版社:新潮社

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる