『鬼滅の刃』の“全集中の呼吸”はどう翻訳された? 言語学者が英語版コミックを分析

『鬼滅の刃』はどう英訳された?

 大きな違いがあるとすれば、一つはオノマトペです。擬音語、擬態語が、かなり日本語と異なります。私たちは、オノマトペはとてもわかりやすくて、微妙な雰囲気やニュアンスが伝わると思っているのですが、実はオノマトペは、上級の日本語学習者でも、なかなか感覚が掴めなくて、理解できない難しい項目の一つです。音象徴というのですが、音の喚起するイメージが、日本語と英語では異なるからでしょう。説明されないとわからないようです。

 例として、格闘シーンを見てみましょう。

・刀を振り回すビュン:FWSH 

・尻餅をつくド、雪を投げるビュ:FMP

・刀でつくドッ:SHNK

・刀に石が当たるガキイ:KTAK

・斧を素早く振りまわすブン:WHP

・雪の上に尻もちをつくザン:SKFFF

・刀を体に突き刺すドガ:THOK

・足で蹴りを入れるドガ:WHOK

・心臓の音ドクン:BOMP

 日本語だと濁音系が使われると強くぶつかる感じがします。「ド」は母音の部分が「オ」なので、重い感じがします。英語ではそれがT H、W HP、MP、SKFFといった子音の連続になっています。唇や歯などを使う摩擦音(F、TH、S)や閉鎖音(K、P)を使って、擦れあったりぶつかったりする感じを出しています。重さを感じるような大きい音の感じはTHOK, WHOK, BOMPと、Oが使われています。決定的に違うのは子音の使い方で、英語と日本語の音の印象はかなり違っています。

 一方、登場人物たちの叫び声は、比較的似ています。母音からは始まる音は英語に馴染まないのか、語頭には子音がついているところが、ちょっと違うくらいです。

・アアアアア:GAAAAGH

・ギャアアッツ:GYAAAH!

冨岡義勇が表紙を飾る、Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba, Vol. 5

 さて、『鬼滅の刃』の魅力は、なんとかわかる程度に少し古いレトロな言葉が使われている点にもあります。炭治郎は技以外の部分で難しい言葉は使いませんが、炭治郎に技を教える人たちは修行をつんだ鬼殺隊の人なので、厳しい教えを炭治郎に言います。日本語で読むと、漢語が多く言い切り形なので、キッパリとした強い口調、少し難しい感じが時代を感じさせてくれます。英語だとそれが説明的になってしまっている分、日本語での厳格さやキッパリ感が十分に伝わらない印象があります。例をみてみましょう。

・生殺与奪の権を他人に握らせるな!!:NEVER LEAVE YOURSELF SO DEFENSELESS IN FRONT OF AN ENEMY(訳:敵の前で無防備でいるんじゃない)

・笑止千万!!:IF YOU WANT SOMETHING, YOU MUST FIGHT FOR IT!(訳:欲しいものがあるなら、そのために戦うんだ)

・御自愛専一にて精励くださいますよう:MAY THIS FIND YOU IN GOOD HEALTH AND IN GOOD SPIRIT(手紙文)(訳:心も身体もお健やかであられんことを)

・今日は転がし祭り:TODAY, I DID NOTHING BUT FALL DOWN(訳:今日は倒れてばっかりだった)

・そんなものは男ではない:YOU’LL NEVER BE A DEMON SLAYER(訳:お前は鬼殺隊にはなれない)

・隙の糸:OPENING THREAD, THE SPOT(訳:開く糸、点)

 「生殺与奪の権を他人に握らせるな」という言葉は「敵の前で無防備でいるんじゃない」となっています。日本語の「生殺与奪の権」という少し難解な名詞の持つ厳格さ、キッパリした言葉の持つフォースが、英語だと説明的になっているために削ぎ落とされています。

 弱音を吐く炭治郎に鬼殺隊のひとりが「笑止千万!!」という場面があります。「笑止千万」というのは、今ではあまり使われなくなったちょっと古い慣用句です。この言葉からは、「バカバカしい!」と切り捨てる相手の強い憤りが感じられます。

 しかし、英語では「欲しいものがあるなら、そのために戦うんだ」と、前後の文脈を説明した意訳になっています。話の筋はわかりやすくなっていますが、きっぱり切り捨てる感じは薄れています。

 私たちが登場人物たちの服装や言葉遣いから感じる、懐かしい感じ、レトロ感は、残念ながら、英訳にはうまく出ていません。英訳では、話の筋がわかるように状況説明を優先させているからです。もっとも、こうしたレトロ感は、そういう服装の人が昔いたことを知っている人だけが感じることができるもので、外国の人がはじめてこの漫画を読んでも、服装や場所や道具、そして物言いの全てが馴染のないものでしょうから、懐かしさなどを感じることはないでしょう。私たちの感じるレトロ感は、英訳では、全てエキゾチシズムに変換されているのだと思います。

 ここに描かれているのはもはやサムライの時代ではありませんが、私たちは態度、振る舞い、刀の使い方、そして物言いから、なんとなく武士道的な潔さ、教養、強い意志といったものを感じます。英語の訳では、わかりやすさを優先して説明的になっていることにより、そういう部分が削ぎ落とされているのだと思います。文化的背景が異なる読者に向けて、話の筋がわかるように英訳されているわけですから、当然のことです。絵が補足してくれるとはいえ、そうしたニュアンスまでも、短いセリフの中で伝えるのは至難の業です。

 しかし、そこがなんとも惜しいところです。ただ、翻訳によって失われたものがあることを、英訳を読む読者が感じないわけではないと思います。熱烈な海外の漫画読者なら、そこを読み込みたいと思って、日本語で読んでくれるようになるかもしれません。



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