恩田陸が明かす、17年ぶり“理瀬シリーズ”の創作秘話 「どのようにオチをつけるかは最初に決めていません」

恩田陸、理瀬シリーズをめぐる創作を語る

 『六番目の小夜子』(1992年)でデビューした恩田陸は、本年で作家活動30周年を迎えた。ホラーやミステリ、ファンタジーやSF、青春小説などさまざまなジャンルをまたぎながら幅広いスタイルで物語を紡ぎ、『夜のピクニック』や、『蜜蜂と遠雷』など、数多くのヒット作も生んでいる。

 そんな恩田の仕事のなかでも、「理瀬シリーズ」と呼ばれる一連の作品は、根強い人気を誇る。水野理瀬という少女が登場する物語は、恩田の出世作として知られる『三月は深き紅の淵を』(1997年)から始まった。本作の第四章「回転木馬」で断片的に登場した理瀬が、のちに『麦の海に沈む果実』(2000年)でヒロインとなり、『黒と茶の幻想』(2001年)や、『黄昏の百合の骨』(2004年)につながっていく。

 そして5月26日に発売される『薔薇のなかの蛇』は、ファン待望の17年ぶりの理瀬シリーズの新作だ。イギリスを舞台に展開される新しい理瀬の物語について、恩田陸に話を訊いた(嵯峨景子)。

ソールズベリーを描いた最新作

恩田陸『薔薇のなかの蛇』(講談社)
恩田陸『薔薇のなかの蛇』(講談社)

――近年も恩田さんの新作小説はコンスタントに刊行されていましたが、理瀬シリーズに限れば『薔薇のなかの蛇』は17年ぶりの新作です。

恩田:17年ぶりと数字にされると改めて恐ろしいですね(笑)。この間に講談社ミステリーランドの『七月に流れる花』と『八月は冷たい城』も出たし、自分としてはそんなに間が空いたつもりはなかったのですが、結果的にかなりお待たせしてしまいました。

――本作の初出は雑誌「メフィスト」です。2007年に始まり、中断を挟みつつ2020年まで連載されました。これまでの理瀬シリーズは一年ほどの連載ののちに書籍化されていましたが、今回は執筆方法が変わったのでしょうか。

恩田:そういうわけでなく、連載が長期化したのはひとえに私の体力が落ちたことや、他の仕事との兼ね合いが原因です。いろいろな出版社とのお約束があり、それらを順繰りに書いていますが、三巡くらいすると「次は代表作を」という流れになることが多い。そうすると、どれも大大長編になってしまうんですね。結果、同時期に大長編の連載をいくつも並行したので時間がかかってしまいました。

――恩田さんの小説はどれもタイトルが印象的ですが、『薔薇のなかの蛇』も題名ありきで執筆されましたか?

恩田:私はタイトルが定まっていないと書き進められないので、最初に決めるようにしています。『薔薇のなかの蛇』という言葉自体はすんなりと決まったんですが、「なか」を開くのか漢字にするのかでかなり迷い、結局開く方を選びました。タイトルが決まったところで、薔薇をモチーフにした屋敷があるという設定が思い浮かび、物語も動き出しました。

――『麦の海に沈む果実』は北海道の湿原地帯にある全寮制の学園、そして『黄昏の百合の骨』は長崎の洋館が舞台です。『薔薇のなかの蛇』では日本から飛び出し、イギリスのソールズベリーが描かれます。英国を舞台に選んだ理由を教えてください。

恩田:以前、旅行でイギリスを訪れた時に見たソールズベリーの風景がとても印象的だったんです。ソールズベリーといえば世界遺産のストーンヘンジが有名ですが、近隣の農村エーヴベリーの環状列石も面白い遺跡でした。ストーンヘンジは人の手で積み上げたことがわかる形状をしていますが、環状列石は空から飛んできた四角い箱の角がそのまま刺さったような不思議な形をしているのが印象的で、この地を小説に使ってみたいと思ったのがきっかけになりました。

空から落ちてきたような岩が点々と並んでいる“エーヴベリーの環状列石”(Photo by Zoltan Tasi on Unsplash)

――恩田さんのエッセイ集『酩酊混乱紀行 「恐怖の報酬」日記』にはイギリスとアイルランド旅行記が収録されていますが、今お話に出た旅はこの時のものなのでしょうか。

恩田陸『酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記』(講談社文庫)
恩田陸『酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記』(講談社文庫)

恩田:そうそう、この時です。『酩酊混乱紀行』で訪れた場所の風景と、自分の空想を織りまぜながら『薔薇のなかの蛇』を執筆しています。

キャラクターとトリックについて
恩田陸(撮影:三橋優美子)

――理瀬シリーズでは毎回魅力的な閉鎖空間が設定されていますが、本作の舞台は「ブラックローズハウス」という名の、薔薇をかたどったお屋敷です。理瀬はレミントン一家という貴族が暮らすこの館に招かれて滞在するも、近くの遺跡では首と胴体を切断する殺人事件が起こり、おまけに屋敷の敷地内でも同様に切断された死体が発見されます。読者にはおなじみの理瀬やヨハンのほか、新キャラとして登場するレミントン一族が重要な役割を果たします。

恩田:レミントン一族は、どのキャラも気に入っています。美貌の長男アーサー、闊達な次男デイヴ、考古学を専攻する理瀬の友人で長女のアリス、華やかな次女のエミリア、そして彼らの父親で俗物的な当主のオズワルドなど、それぞれ書いていて楽しかったです。今回は理瀬パートとヨハンパートが分かれていて、ある時点で二つが交わります。私は理瀬やヨハンがお気に入りです。『薔薇のなかの蛇』に登場する事件は物騒なものが多いけれど、2人のキャラが意外にファンキーなので、その存在感に助けられて物語は暗いトーンにはならずに済みました。

――ネタバレになってしまうのであまりキャラの話には踏み込めませんが、今回もチャーミングな人物像や、人間のもつ意外な一面を楽しませていただきました。マクラーレン警部補やハミルトン刑事などイギリスの警官も登場しますが、彼らはどのように生まれたのでしょうか。

恩田:イギリスの警官は、主に警察ドラマやイギリスのミステリー小説で得た知識を元に書いています。『シャーロック』をはじめとしたBBCのミステリードラマのイメージですね。

――これまでの作品は理瀬視点で物語が進みましたが、『薔薇のなかの蛇』ではアーサーの視点が中心になっていますね。

恩田:今回は最初から、理瀬視点にはしないと決めていました。イギリスが舞台だから、イギリス人の目から見た物語を書きたかった。それから、シリーズを経て理瀬自身もすごく成長しているので、その成長ぶりや彼女の現在の姿を描写するために、他者の視点を通じた書き方をしたかったということも理由の一つです。

――本作の理瀬は英国に留学中で、ケンブリッジ大学で美術史を専攻しています。理瀬の図像学の知識が謎解きに生かされますが、図像学を鍵にするというアイディアはどのように生まれたのでしょうか。

恩田:これは、単純に私の趣味ですね。もともと図像学や紋章、家紋などに興味があって、よく資料を読んでいたんですよ。紋章を見ると、この人は庶子だとか、一族のことがわかって興味深い。それで今回使ってみましたが、図像学の要素が物語にうまくはまってくれました。連載中は、図像学の資料やシンボル辞典を何回も見返しながら、トリックが降ってこないかなと考えていました(笑)。

――トリックといえば、恩田さんは小説を書く時、詳細なプロットを作らずに執筆されるとか。本作のようなミステリでも、トリックは事前に設定しないのですが?

恩田:私は書きながら考えるタイプなので、どのようにオチをつけるかは最初に決めていません。書いているうちに「ああ、そういう話だったのか」と腑に落ちる瞬間があるのですが、そこに行くまでかなり時間がかかるので、いつも綱渡り状態です。『薔薇のなかの蛇』の核心となる設定も、連載の途中で、偶然とあるドキュメンタリー番組を見ていた時に思いつきました。

――今お話をうかがいながら、あの設定もこの設定もあとづけだったと知り、驚愕しています(笑)。それでも辻褄が合うのが素晴らしいし、そこが恩田さんのお力なのですね。

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