『月刊少女野崎くん』の恋愛は10年間も進展していない? “変わらない物語”の面白さを考察

『月刊少女野崎くん』の10年間を振り返る

 キャラクターたちが年を取らない、時間が流れないことが珍しくない漫画の世界。ただそんな中でも、人間関係は進展していくものだ。

 しかし10年経っても大きな変化が感じられない物語がある。『月刊少女野崎くん』(スクウェア・エニックス)だ。

メキメキと漫画スキルを磨いて、早10年

 「ずっと、ファンでした」

 主人公の野崎梅太郎(のざきうめたろう・以下、野崎)に想いを寄せていた佐倉千代(さくらちよ・以下、千代)。一世一代の告白をしたその時彼女は、野崎から“ゆめのさきこ”と書かれたサイン色紙を手渡されていた。

 なぜ、サイン色紙……?  その意味の分からない行動に戸惑いつつも「ずっと一緒にいたい」と告白を続けた千代は、「重い子だと思われたら……」という心配をよそに、野崎から自宅へと招かれる。そしてそこで気づけば4時間、漫画のベタを手伝っていて……。

 そう!  野崎は“夢野咲子”というペンネームで活動する、人気少女漫画家だったのだ。

 恋愛フラグが一瞬にしてへし折られるにしても、こんな変化球でだなんて、誰が想像できただろうか。『月刊少女野崎くん』は、恋愛フラグへし折り変化球があちこちで投げ込まれる4コマ漫画だ。

 告白の意味の捉え違いが生み出した、思いがけないふたりの関係。漫画家とアシスタントの職場内恋愛が始まる、なんて展開があってもおかしくないのだが……。

 連載開始から約10年――。ふたりは一応告白し、された関係にもかかわらず、色恋の方面ではほぼ、進んでいたとしても0.25歩くらいしか進展してこなかった。友人として、また漫画家とアシスタントとしての関係ばかりが強固なものとなり、おかげで千代はアシスタントスキルと漫画を俯瞰的に見る目をメキメキと伸ばしている。

繊細な心理描写を生み出す裏事情

 とはいえ千代からは、「野崎が好きだ」という気持ちが日常的ににじみ出ている。ただやはり、告白する気はないと言う。今の関係が壊れてしまいそう……という理由もあるが、それ以上に「漫画の肥やしにされてしまいそう」という不安が大きいからだ。

 そう!  野崎は実体験からアイデアを膨らませるタイプの、ワーカホリック系漫画家だったのだ。

 女の子の心の代弁者と言われるほど、繊細な心理描写を得意とする作家、夢野咲子。ところがその実体である野崎はデリカシーに欠けており、初恋もまだという、「なぜ、少女漫画家になったの」と疑問を抱いてしまう人物だ。

 そんな彼が書くプロットやネームは、「どうしてそうなる!?」とツッコみたくなるものばかり。

 例えば恋愛漫画の鉄板シチュエーションである自転車の2人乗りは、道路交通法違反で描けないからと言って、複数のサドルとペダルがついた二輪タンデムで代用しようとする。しかし、ヒロインを後ろに乗せるという本来はキュンとする描写が絶妙にダサくなるだけでなく、ヒーローのモテ要素が感じられないという弊害が生まれてしまう。

 そこで野崎が編み出したアイデアが、4人乗りのタンデム自転車。先着3人でサドルを奪い合わせることで、ヒーローがモテていることを表現しようとしたのだ。もちろんこの案は、担当編集にボツにされている。

 このように野崎は漫画づくりに参考になりそうだと思ったものは、どんなに恥ずかしい、ありえないシチュエーションでも日常に取り入れ、物語に活かそうとする。ただその多くは、突拍子もないものばかりだ……。

“生ける参考資料”だらけのキャラクターたち

 持ち込んだシチュエーションをもとに生み出される、野崎の“トンデモ”プロットやネームは、なんだかんだで読者がキュンとする物語へと変貌を遂げる。そうなる理由は、担当編集の手腕によるものがほとんどだ。ただ周囲の人物をモデルにしたことで、共感性の高い物語を生み出すことにも成功するパターンもある。

 そもそも夢野咲子の連載作『恋しよっ♡』のヒロイン・マミコのモデルは、野崎の同級生の御子柴実琴(みこしばみこと・以下、御子柴)だ。Yシャツの前を開け、ピアスをつけたチャラチャラした男子のどこにヒロイン要素があるのかと思ってしまうのだが、実は彼は健気で傷つきやすく、キザな自分の言葉に全力で照れてしまう恥ずかしがり屋な一面を持っている。漫画の背景を担当し、物語を熟知している背景アシスタントの堀政行(ほりまさゆき)が「まみ…こしば」と御子柴に声をかける姿からも、非常に再現性の高いキャラクターであることが分かる。

 他にも、読者に好評な“いつ正体がバレるかドキドキする”サブキャラクター同士の恋愛では、千代の友人・瀬尾結月(せおゆづき・以下、瀬尾)と野崎の中学時代からの後輩・若松博隆(わかまつひろたか・以下、若松)をモデルにしている。ただ現実のふたりは、恋仲ではない。むしろ若松にとって瀬尾は、自身が所属する男子バスケットボール部にラフプレーなどで物理的嵐を巻き起こす天敵だ。どうしてそんなふたりが恋物語のモデルになるのか。その理由は、瀬尾のもう1つの顔にある。

 瀬尾には「声楽部のローレライ」という異名がある。彼女は、普段のがさつな性格からは想像できないほどの歌声の持ち主なのだ。その歌声は、瀬尾を原因とする不眠に悩まされていた若松を一瞬で眠らせるほどの効力を持つ。

 ただその正体は声楽部員か瀬尾に近しい友人しか知らず、野崎も若松を傷つけないために事実を打ち明けるのを避けている。そのため若松は、自分の悩みを解消してくれた「声楽部のローレライ」を瀬尾だと知らぬまま、想いを寄せ続けている。そしてその片想い(?)は、本人たちの知らぬところで、読者の支持を受けるラブストーリーの肥やしとなっているのだ。

 このように野崎の周りには“生ける参考資料”と言っても過言ではない、恋愛漫画キャラ向きの濃ゆ~い友人や知人が揃っている。

 ただその誰もが恋愛経験に乏しく鈍感を極めたキャラクターばかりなので、ラブストーリーに昇華しようとすると、どうしても恋のトキメキからかけ離れたものとなってしまうことも多い。担当編集が頭を抱える様子に同情した読者も、きっと少なくないだろう。



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