大泉洋の超越的な強さとは? 『水曜どうでしょう~大泉洋のホラ話~ 』漫画家・星野倖一郎×藤村忠寿D 対談

「水どう」星野倖一郎×藤村D特別対談

最初から最後までやり通すという真剣さ

ーー藤村さんは、マンガの中で悪役として描かれる心境はいかがですか?

藤村:「そりゃあ、登場するとしたら悪役キャラだろうな」と思っていたけど、最初からずっと悪役で、途中、星野さん飽きちゃったのか、俺と嬉野さんが犬になっちゃって。「これ、手詰まりだな(笑)」って思いました。

星野:僕としてもネームを描きながら、藤村さんと嬉野さんは何かしらの手で出したいという思いがありました。

藤村:大泉さんは分かりますよ。筋骨隆々で、あいつはいい思いをして出てくるんだろうなって思っていたから。俺らは一体どうやって出てくるんだろうって思ったら端々で出てきて、最終的にはNACSのメンバー全員を山で殺してしまって。名前は出てこないけど明らかにあいつらだもんね(笑)。

星野:それをわかっていただけるとすごく嬉しいですね。内容はともかく、画風的なものは一切ふざけずにやりました。

藤村:それがよかった。一切ふざけることなく、最初から最後までやり通すという真剣さ。本当に面白いものがどういう時に生まれるかと言ったら、真剣に描いてるとき。手を抜かずに描いているなというのが分かると、バカバカしさが突き抜けて笑っちゃうんだよね。

星野:そうですね。自分自身がそうだったので、それが伝わると嬉しいなと思います。

藤村:これは伝わってますよ。技とか、絵とか、女性との艶っぽいシーンとか、一切ふざけてないもん。

©HTB/CREATIVE OFFICE CUE 2020 / ©星野倖一郎(秋田書店)2020

星野:少年誌のラインとの戦いでもあるんですけど、「週刊少年チャンピオン」でなくてはできなかっただろうなと思います。まさに1巻に登場するチャタレイ夫人のエピソードは少年誌の限界ですね。「淫靡な」というキラーワードが出てきてしまったので、これを表現するのにどうしたらいいんだろうと悩みました(笑)。

藤村:大泉が「こっちに来い」って、チャタレイ夫人を馬小屋に連れていって、裸にするようなシーン。昔、そのホラ話を聞いていた俺たちは理由も分からないけどドキドキした。今回はマンガでそのドキドキを久しぶりに味わいました。あんなに理由もなくいきなり連れていくシーンは、今のマンガには絶対ない。

星野:あと大泉さんがチャタレイ夫人と一心不乱に卵をぶつけ合うという唐突な展開にもどうしようかと(笑)。

藤村:でも原案がそう言ってるからね。星野先生は描かざるを得ない。

星野:はい。でもこれは文学的に言えば、「月が綺麗ですね」という比喩のひとつなのかなと思いました。そして卵のぶつけ合いが性交のひとつ。

©HTB/CREATIVE OFFICE CUE 2020 / ©星野倖一郎(秋田書店)2020

藤村:大泉が言っているのはそういうことですよね。伊丹十三さんの映画(『タンポポ』1985)で卵を口移しするシーンがあったじゃないですか。彼はそれも意識していたと思うんです。彼は生卵というものに淫靡なにおいを感じたんでしょう。もう二十何年も付き合っていると彼の考えとか、出典元がどこかというのもだいたい分かってくる。

 本当の大泉を知っていると、あいつが表現したいレベルはこの辺りなんだろうなと思いつつ、星野さんがその上をいってしまうから(笑)。でもその微妙な食い違いが読んでいておもしろい。

星野:これに関して言えば、最初からちょうどいい塩梅が分からなかったので、やり過ぎる以外の選択肢はなかったです。

藤村:それはたしかにその通り。大泉はね、「体毛は三割増しで」という言葉がおもしろいから言うだけであって、実際三割増しになるとやりすぎになっちゃう。

大泉洋のホラ話には素材が全部詰まっている

ーー星野さんと藤村さんのお気に入りのエピソードあれば教えてください。

藤村:私は「登山家」(2巻)ですね。冬の立山登頂を目指すアタックチームがいて、メンバーはフル装備なのに、大泉は革ジャン&ジャージという出立ちでチームを率いてる。それを絵で見たとき、これはおかしいと思いましたよ。でもこの主人公は一切ふざけていない。常に過去の悲しみに暮れているという、悲哀を込めた絵作りに、「これは名作だな」と思いましたね。

星野:「登山家」は僕も好きなエピソードです。この主人公は若いとき、大学の山岳部でチームを指揮していた。そして、卒業し、今度はプロの登山家として活躍している時代があって、最終的にバックアップに下がる……。ネームを考えているときに、この一連のストーリーに気づいたんです。「あ、これ素材が全部詰まってるわ!!」と発見したときにいけると思いました。

藤村:この「行け!」って言ったときの大粒の涙ね。ここにすべてが集約されている。

この絵に俺は心打たれましたね。このグラサンの奥で、涙がわーっと出てる大泉がおかしくて笑っちゃったなあ。でもこれで大泉は登山系のドラマはできなくなりましたから(笑)。

星野:できれば見たいですけどね。見て大爆笑したいです。

藤村:あいつがいつ「行け!」って言うか。アタック隊が何回も失敗しているなかで、大泉が「行け!」って全部飲み込んで言う瞬間が見たいですよね。

©HTB/CREATIVE OFFICE CUE 2020 / ©星野倖一郎(秋田書店)2020

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