『五等分の花嫁』は現代のラブコメに一石を投じた名作だーー「選ぶことの難しさ」を示した誠実さ

『五等分の花嫁』名作ラブコメとされるワケ

炎上回避のためのハーレムエンドを選ばず、個別ルート(ifルート)を用意しない潔さ

『五等分の花嫁(14)』

 最終的に誰とくっつくのかについてはネタバレになるため記さないが、この作品はラブコメでよくあるハーレムエンドでの完結を選ばなかった。

 ハーレムエンドは、エロゲーでまず見られるようになり、全年齢向けの作品では「週刊少年ジャンプ」連載の矢吹健太朗『To LOVEる-とらぶる-』(06年~09年。続編『To LOVEる-とらぶる-ダークネス』は10年~17年)が強烈なインパクトを残し、それを前後してラブコメマンガやラノベでも普及していった印象がある。

 ハーレムエンドはほとんどの場合、作中的な必然性があるというより「誰かひとりだけ選ぶと、誰を選んでも読者から叩かれるので全員選ぶ」という消極的な理由、炎上回避を目的とした終わりかたである。

 本編では誰かひとりを選び、完結後に個別ヒロインごとのルート(ifルート)を用意する作品も同じで、「ひとりだけを選ぶと燃えるので個別ルートを用意する」ことが少なくない。

 ハーレムエンドか個別ルートを用意すれば、たいていの場合、誰かひとりを選ぶよりも丸く収まる。現実では不倫やポリアモリーは否定的な目で見られるが、ラブコメでは複数人と結ばれないと叩かれるのが現代日本である。

 しかし、本作はひとりを選んで終わる。それがためにAmazonカスタマーレビューなどを覗くと荒れている。けれども、そうなるであろうことをわかっていてあえて引き受けたことを筆者は買いたい。

 本作では「勉強しない」ことは「自分の将来と向き合わない」ことと結びつけられて意味づけられている。言いかえると、高校生を主人公やヒロインにし、進路選択が差し迫る環境において「なりたい自分を目指す」ために「勉強する」ことを選ばないということが、イコール「将来の可能性をひとつに絞りたくない」というモラトリアム的な気持ちと結びついている。

 五つ子の「勉強ぎらい」=何者にもならずに五人いっしょに居続けたいという初期状態は、ラブコメとして「誰を選ぶか? →誰でもありえる状態にしておきたい」という読者の気持ちとパラレルだった。

 しかし彼女たちは、それぞれに自分のなりたいものを見つけ、それに向かって努力するようになっていく。将来を決める=可能性の幅を狭める。そしてその上で実現に向けて努力していく。けれども、努力しても手に入らないものもある。たておば恋愛が成就しないこともある。思いどおりの結果にならないのだから、当然ながら、その人物にとって納得がいくとは限らない。

 可能性と選択と努力の関係とは、そういうものだ。本作はラブコメとして「誰でもありうる」という選択肢が徐々に狭まっていくのと並行して、5人それぞれが将来の可能性を自ら狭めて選択し、努力していく。

 こういうストーリー展開を用意した作家は誠実だと筆者は思う。進路問題を絡めることで、恋愛においても「誰も選ばない」(可能性を担保しておきたい)とか現実にはありえない「全員選ぶ」のは、やはり不誠実なのではないかと読者に示したのだろう。

 ただ、ヒロインが五つ子という時点で「それぞれが他の誰かのような人生を歩んでいたかもしれない可能性」は示されていたとも思う。

 生物の能力や選好(何を好むか)は「遺伝と環境の相互作用」で決まる。一卵性の五つ子の場合は、遺伝的なスペックという生物としての初期条件は同じで、どんな環境でどんな経験を積んだかという後天的な部分だけが異なる。

 Aはある出来事を経験し、Bは経験しなかったとすると、Aは変わり、Bは変わらない。その出来事が偶然の産物であったとしても、それがのちのち決定的な違いを生むことも十分に起きうる。

 風太郎側から見ても、Aとは決定的な出来事があり、Bとはなかった。

 逆に言えば、5年前に出会ったのが別の誰かだったなら、結末は違っていただろうことを、本作後半の流れは示唆している。五つ子はみな、持って生まれたものは同じだからだ。そういう意味では、直接的にはifルートを描いていないが、五つ子ヒロインにした時点で「他でもありえた可能性」に開かれており、そのことを読者に十分に想像させる作品だった。だからこそハーレムエンドではなく特定のひとりだけを選んで終われたのだと思う。

 選ぶことの難しさと残酷さを知っていてなお選び、しかし、それに耐えられない読者向けに想像の余地を残すやさしさが『五等分の花嫁』にはあった。

 後半以降の展開と結末に賛否があるのは承知しているが(終盤は駆け足なところがあると筆者も思う)、現代のラブコメのありようと受容のされかたに一石を投じた名作だと言いたい。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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