『チェンソーマン』にはロマンと恐怖が詰まっている 一気読み必至の面白さを考察

『チェンソーマン』の魅力は物語の振り幅

 チェンソーには、ロマンと恐怖が詰まっている。いや、本当である。もう少し詳しく説明しよう。そもそもチェンソーは、主に樹木の伐採や製材のために使われる工具である。電動モーターで、チェーン状に連なる刃を回転させ、鋸のように対象を切断する。モーターの音や、回転する刃の様子を、格好いいと思う男子は多い。自分で使って、木を切り倒したら楽しいだろうなと、チェンソーにロマンを感じてしまうのだ。

 だが一方でチェンソーは、恐怖の象徴でもある。原因は、スプラッター映画だ。ひとたびチェンソーが人間に向けられれば、血と肉片が飛び散る、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。幾つかのスプラッター映画で使用されるうち、凶悪な凶器の代名詞のようになり、恐怖を呼び起こすのである。そんなチェンソーを人間と合体させたマンガが、藤本タツキの『チェンソーマン』だ。

 物語の舞台は現代の日本。ただし悪魔が当たり前に存在し、デビルハンターと呼ばれる人たちが、それを狩っている。主人公のデンジは、自称16歳の若者だ。死んだ父親の借金をヤクザに返済するため、かつて血の契約を結んだ、頭にチェンソーを生やした犬のような“チェンソーの悪魔”であるポチタと共に、デビルハンターをしている。断片的な情報しかないが、デンジは学校に行ったことがなく、悲惨な生活をおくってきたらしい。そのせいか一般常識は乏しい。

 ある日、ヤクザに裏切られ、ポチタと共に殺されたデンジ。しかしポチタと合体し、頭部がチェンソーに変わるチェンソーマンとして復活。大暴れをした後、やってきた公安対魔特異課のマキマに拾われる。マキマに一目ぼれしたデンジは、実験部隊である対魔特異4課へ所属することを喜んで受け入れた。

 家族を殺した銃の悪魔に復讐を誓う早川アキや、血の魔人(人の死体を乗っ取った悪魔)のパワーなど、個性的な仲間と共に、デンジは悪魔と戦う。しかしなぜか悪魔たちは、デンジの心臓を執拗に狙ってくるのだった。

 普段は人間の姿をしているデンジだが、悪魔と戦うときはチェンソーマンに変身。チェンソーで悪魔を切り裂く。と書くと典型的な変身ヒーローものに思える。だが、物語のふり幅は大きい。ここが本作品の魅力になっている。まず留意すべきは、チェンソーマンの造形だ。頭部からチェンソーが飛び出し、口に当たる部分は刃が牙のようになっている。さらに両手もチェンソー化。絵を見れば分かるが、かなりグロテスクなのだ。悪役として登場しても違和感のない造形なのである。

 しかもデンジの人格も普通ではない。一般常識がなく、人間らしい扱いをされず生きてきた彼の精神には歪みがある。極端な刹那主義で、他者の死に心が動かないのだ。周囲で山のように人が死のうが、知っている人が無惨に殺されようが、気にせず飯を食べる。魔人であるパワーでさえトラウマを植えつけられた地獄に落とされても、たいして変わらない。対魔特異4課という、特殊な環境にいるため、褒められる資質になっているが、いつ悪魔側になっても可笑しくないと思わせる、危険な人間なのである。

 だが、そんなデンジだからこそ、ストーリーが過度に暗くならない。美女や可愛い娘と出会うと、すぐに惚れてしまう。ちょっと距離が近いと、自分に好意を持っているのかと勘違いする。こうした彼の人格に起因するお笑い場面が、デンジたちの絶望的な戦いの緩和剤になっているのだ。同時に彼の、人間臭さも伝わってくる。さまざまなエピソードにより、しだいにデンジが人間として成長していくところも、本作の読みどころだろう。

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