安田章大の写真集『LIFE IS』がアーティスティックな作品となった理由とは? 写真家・岡田敦に訊く

安田章大『LIFE IS』に込められた信念

北の大地で生と死の狭間を光へと歩む安田章大

 ロケは、厳冬期の北海道・根室で行われた。ロケ地のエリア選定や撮影内容は岡田が決めたというが、ではなぜ北海道だったのか。

 それは「写真で命のことを表現する」ための背景と時間的制約だ。たとえば南の島で笑顔の安田を撮れば、明るく前向きで快活的な姿を収められたかも知れない。しかし岡田は、現在も後遺症を抱える安田が、生と死の狭間で光が射す方へ歩い行くイメージを求めた。岡田は、「病気から復活したヒーロー像として、写真の中で命のことを安田さんに語らせたくなかった。キレイな物語として彼の経験をまとめるのではなく、儚くとも圧倒的に美しい世界の中に生きている、彼のいまの姿を写しとりたかったからです。そのためには、僕が知り得る限り最も美しく、命のことを感じられる場所で撮影する必要がありました」という。根室は、岡田が10年来撮影に訪れている場所だ。この土地を熟知し、土地の力を借りられる場所でなければ、多忙なアイドルが東京を空けていられる数日間のロケで、納得のいく写真を撮ることはできなかっただろう。

 根室では、撮影許可などの段取りや撮影に必要な小道具を、現地の知人(根室・落石地区と幻の島 ユルリを考える会)および根室市から協力をいただいたという。こうした他者の助けが得られるのも、10年来の関係があってこそ。人と人との尊い結びつきが、『LIFE IS』を支えているのだ。

 撮影中は、安田の体に十分な配慮をした。安田は後遺症の関係で、常にサングラスをかけているが、岡田の構想ではサングラスをかけたままでは発信されるイメージが1つのフィルターを通したものになってしまうのではないか気がかりな面もあったそうだ。しかし、病気のこともあるので「外してほしい」とお願いするのは憚られる。そこで、できるだけ薄暗い場所や早朝を選んだ。森や古い防空壕の中などがそうだ。結果的には、岡田がお願いすることもなく、安田は自身の考えで自然にサングラスを外した。岡田は、安田のこの写真集にかける想いの強さを、改めて感じたという。そして「表情やポーズが『演技』になってしまうと、命について語ることはできないと思いました」とする岡田は、ポーズや表情などの注文を付けずに撮影。あくまで自然に安田が醸す「雰囲気」を撮った。ブレやボケのカットも含めて、写真集で表現されている安田の表情や涙は、すべて本物なのだ。


ロケ地となった冬の根室の風景。ロケ前日まで海の氷結状況などを現地の方から知らせてもらっていた。写真提供:山本春孝(根室・落石地区と幻の島ユルリを考える会)

 ページをめくっていて気づくのは、安田の写っていないページが多いこと。安田のアップを含めた比較的近い位置からのカットが全体の約6割を占める一方で、安田のいない、壮大な風景やイメージカットが3割ほど収録されている(その他、壮大な風景に小さく安田が溶け込んだカットなど)。そのことを岡田は、「命のことを語るのは、作家が一生かかっても語りえぬものだとも言えます。語りえぬものは無理に安田さんに語らせるのではなく、僕たちよりも遥かに長い時を生きてきた森や海、凍てつくような冬の夜空に輝き続けてきた星に語ってもらう方がよいと考えていたからです」と話す。こうしたページ構成、そして究極なまでのアーティスティックなイメージづくりは、従来のアイドル写真集にはなかった画期的なものと言えるだろう。

 安田の熱意によって事務所のOKが出たことはもちろん、「編集者や安田さんのマネージャーもロケには同行せず、企画から撮影までを通し、一般的なタレント本とはかなり異質な形でこの作品が出来上がりました。僕の作風を知っていて、作品を好きだと思ってくれて、そこから始まった企画なので、いつも通りのスタンスで作品を作ることが作家として誠実な対応だと考えましたが、間違いなく安田さんとしか生み出せない作品を作れたと思っています」と話す岡田の作家としての信念、そして安田との信頼関係が、アイドル写真集に新しい可能性を付加したのだ。

■岡田敦
北海道生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業、東京工芸大学大学院芸術学研究科博士後期課程にて博士取得(芸術学)。"写真界の芥川賞"といわれる木村伊兵衛写真賞の他、北海道文化奨励賞、東川賞特別作家賞、富士フォトサロン新人賞などを受賞。作品は北海道立近代美術館、川崎市市民ミュージアム、東川町文化ギャラリーなどに収蔵されている。Official Website
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