荏開津広の『少年イン・ザ・フッド』評:2020年のベストに必ず選び入れるグラフィック・ノヴェル

荏開津広の『少年イン・ザ・フッド』評:2020年のベストに必ず選び入れるグラフィック・ノヴェル

 さてここでは、SF性ではなく、ハンター・S・トンプソン原作、テリー・ギリアムが映画化した『ラスベガスをやっつけろ』と、ゴンゾ・ジャーナリズムが1990年代後半の日本のサブ/ストリート・カルチャーに与えた買い戻し不能にさえ思える影響下に、本作もあると記したい。『少年イン・ザ・フッド』が始まってすぐに、しかし徐々にレファランスの一つであった『ラスベガスをやっつけろ』が画面の端から浮上していく。2つに割かれている幾つもの世界が溶け合ってここに存在しているのは、私たちがまず前提として既にゴンゾでサイケデリックな空間にいるからではないか。少なくとも、1990年代の日本のサブ/ストリート・カルチャーがあったのは、グローバル/ローカルな無数のガジェット、サウンドとイメージがばら撒かれている、そんな場ではなかったか。

 思い返せば、ドラッグがストリートに蔓延したのは1990年代後半ではなく、それまでと大幅に事情とやらの変化があったわけでもなく、深作欣二や北野武の映画に描かれているように理不尽な暴力と共にずっと日本社会にあったわけで、だから実はドラッグは問題ではない。ただ、そこへの眼差しを『ラスベガスをやっつけろ』とゴンゾ・ジャーナリズムはあっと言う間に、決定的に変えた。その変化を“サブカル”の隆盛と呼んでもいいだろう。1970年代のアメリカで咲いた徒花がなぜ20年後の日本に大きな影響を与えたのか、それは分からない。

 でも、そんな環境のいる“ぼく”、クラスで目立つメディアにも露出している女子のサカエちゃん、そしてマーシー、ドゥビさんも、多分、実は他の登場人物も、そこで勇気を出して行動し始める。その時『少年イン・ザ・フッド』は、日本のどこかとアメリカのどこか、とか、ドラッグ禍とか、アーティストの固有名自体ではなく、もちろん重要だけれども、そうした諸々をまるで記号のようにおいて、何かが起き始める――描いてある絶望する“ぼく”の表情や、”ファッーク“というネームが堪らなくなってくる。

 私と同世代前後の方にいうなら、岡崎京子の『東京ガールズブラボー』上・下と『ヘルター・スケルター』はもともとトリロジーではないか、仮にそう思ってみると、見えてくることもある。『少年イン・ザ・フッド』は世紀が変わった、その後日談なのかも知れない。

■荏開津広
執筆/DJ/京都精華大学、立教大学非常勤講師。ポンピドゥー・センター発の映像祭オールピスト京都プログラム・ディレクター。90年代初頭より東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、ZOO、MIX、YELLOW、INKSTICKなどでレジデントDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域において国内外で活動。共訳書に『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)。

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