梨木香歩が語る、“チーム自分”を持つことの大切さ 「本当の身の丈を決められるのは自分しかいない」

梨木香歩が語る、チーム“自分”とは

 7月に緊急出版された本がある。作家の梨木香歩氏による『ほんとうのリーダーのみつけかた』。小説ではない。エッセイでもない。紀行とも違う。わずか70ページという体裁に、とにかくすぐ出そうという意志を感じる。

 本書は、2015年4月4日に東京のジュンク堂書店池袋本店で著者が読者の前で行ったトークの再録をメインに構成されている。このトークは、同じく梨木氏が理論社から出した『僕は、そして僕たちはどう生きるか』が岩波書店から文庫化される際に行われたものだ。そしてそう、このタイトルからわかるように、『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は、最近また多くの読者を獲得して話題になった吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の深い影響下に書かれている(なにしろ、主人公の名前も同じ「コペル」だ)。

 戦争へと突入していこうとする1937年に出た『君たちはどう生きるか』は、15歳のコペル君が学校で体験したり観察したりした出来事を叔父さんに話し、聞いた叔父さんがそれについてノートをしたためる、という体裁で書かれている。そして、コペル君と叔父さんのあいだで読者は、世界の構造やものの見方について自分で考えていくことになる。

 その世界観が21世紀になって梨木氏の手によってカタチを変えながら継承され、その梨木版「どう生きるか」をめぐって作者自身が語ったことが、今度は2020年にまた緊急出版される。なぜか。そこに新たな大きな危機が立ちはだかっているからである。社会や政治をめぐる言葉がおそろしく薄く空疎になり、そこへコロナ禍がやってきて、世界はさらに分断されようとしている。これからいったいどのように、特に未来ある若者や子どもたちはどう生きて行ったらいいのか。そのことをめぐる強い危機感が、『ほんとうのリーダーのみつけかた』の中にはある。若い人たちに向けて諄々と語りかけてくるこの本をめぐって、著者に話を訊いた。(北條一浩)

若い人にどう言葉を届けるか

ーー2007年に『僕は、そして僕たちはどう生きるか』の連載が始まり、やがて単行本化、そして文庫化に際して書店で話されるという一連の流れがあって、今回はそのお話を中心に1冊にまとめられました。こういう形で本にされたのはどんな思いからでしょう?

梨木:岩波書店の担当編集者の方と最近の社会情勢の酷さについて話していて、何かできることはないだろうかと二人で考えているうちに、五年ほどまえのトークショーのことになり「あの時に話したことを本にして読者に届けるというのはどうかしら」と思い立ったんです。彼女もすぐに賛成して動いてくださり、出版が決まりました。

ーー梨木さんのこれまでの本にも類書はないですし、驚きました。それだけ「いま」という時代に強い危機感があるということでしょうか?

梨木:ある年齢以上の大人は何度か選挙も経験していますし、多かれ少なかれ今の社会のあり方に加担してきました。しかし子どもは生まれてくる時代も選べないし、生まれた時から時代の空気を読み、皆と足並みを揃え、突出したら叩かれるからしないようにして……と、そうして生きていくのはほんとうに大変だと思います。私など社会を代表する立場でもなんでもないですが、先に生まれてきた者として、何かできることがあったんじゃないか、という申し訳なさの中で考えました。そして、子どもたちがこれから自分の力でものを考えていく、自分の世界の大地を耕していくための鋤や鍬、シャベル、スコップのようなツールの一つとして、こういう本を手許に置いてもらえたら、という思いで作りました。

ーー「ツール」という言葉は本の中にも出てきます。そして私が面白いと思ったのは、やはり本の中に出てくる言葉ですが「ハウツー本」と表現されていたことです。

梨木:道具というのは取捨選択できるわけです。要らなくなったら放り出して歩いて行ってくれればいい。本の中で、社会がいっぽうに大きく傾こうとした時に、必ずバランスを取る力が生まれてくると書きました。今はその力がすごく大きく社会に働こうとしている時なんじゃないか。私みたいな者にまでそういう力の影響が及んで、それでこんな不慣れな(?)「ハウツー本」まで出してしまったんじゃないかと思います。

ーータイトルである「リーダー」について、「そういうことか!」と驚くことになる読者も少なくないだろうと思います。今回「リーダー」という言葉をタイトルに、あるいは従来と違う形で有効に使おうと最初からお考えだったのでしょうか?

梨木:そこまで明確には……。以前政府の誰かから「身の丈にあった教育」という発言がありました(編集部注:萩生田光一文部科学大臣の発言)。英語の試験を受ける際、都市と地方で不公平が生じる、という文脈の中での発言だったと思います。たしかに身の丈、分をわきまえるということは大事だとは思います。でも、その人の本当の身の丈はその人にしかわからない。どんなに貧しい環境に育っても「もっと勉強するべきである」と「チーム自分」のリーダーがささやきかけたら、もっと上の学校で学ぶのがその人の身の丈じゃないか。

 あの子の家庭の事情はこうだから、と外から推し測っただけで決めるものではない。それが決められるのは自分しかいないのではないかと。実際、学校教育がなじまず、早くから社会に出て学校教育とは違う学びをして大成なさった方もたくさんいます。それも「チーム自分」がめざして決めた身の丈だと思います。

ーーもう少し言葉にこだわります。いまほんとにびっくりするくらい政治に携わる人間の言葉が無意味で、薄くなっています。どうして日本はこんな状況になってしまったのでしょう?

梨木:言葉が本質から遊離してしまい、表面の皮の部分だけがデコラティヴにいかようにも変化しています。リボン遊びのように結び代えられるというか作り変えられるというか。「敵基地攻撃能力」を、「相手領域内で弾道ミサイルなどを阻止する能力」というふうに変えていったように、どんどん言葉あしらいの能力だけが重宝がられる。そしてそういういわば「幻視能力」が有効に機能する世界があたかも実在するかのように世の中も忖度を強要されているのではないか。

 こうした現象に違和感を持っている人は多いし、けっしてマイノリティではないと思うんです。しかし現実は、あの、怖しく無意味な言葉を次々に繰り出すような人びとが都知事選などでラクラク勝ってしまう。それをそのまま報道しているメディアの責任も大きいと思います。そして18歳から選挙に行けるようになったとはいえ、若い人があまり投票に行ってない。政治というより政治家に期待していないんだと思われます。

自分の中に第三者を持つということ

ーー本書の中で「群れ」という概念のとらえ方がとても重要だと思いました。「群れ」という言葉も「群れを成す」などと使われることが多いように、世間ではあまりポジティブな文脈では使われません。しかし本書では違います。

梨木:「群れ」と「個」の概念は私の中でずっと重要なものでした。『ぐるりのこと』というエッセイはほとんどそのことを書いています。欧米、キリスト教圏の人々は街角インタビューなどでもキチンと自分の意見を述べます。日本のように右顧左眄する所作がありません。この違いが何だろうとずっと考えていました。個人として神と対話するという精神風土が、あまり教会に行かなくなった今でもあるのではないか。そういう絶対神みたいなものを持たない日本人は、無意識に周囲の反応を見ながら自分の行動を決めてしまいます。

 これは群れそのものにとっても良くないし、危うい方向に向かっていてもそれを是正する機能が働きません。しかし、群れ的志向からなかなか抜け出せないのだとしたら、自分の中に群れを作ってしまえばいい。それが「チーム自分」であり、日本人が意識的な内面を持つ唯一の方法なんじゃないか。社会的にいちばん小さい群れは家族だと言うけど、もっと小さい群れがあってもいいんじゃないか。ずっとそう考えてきました。

ーーここでも「チーム自分」が出てきました。群れとしての自分を意識し、その中にリーダーを持つと。自分の中にリーダーがいる、つまり自分が自分のリーダーだということでしょうか?

梨木:いや、リーダーは自分ではありません。私の中では、それは自分を超えたものなんです。例えば『君たちはどう生きるか』のコペル君と叔父さんは、2人とも著者の吉野源三郎さんそのものだと思うんです。吉野さんは2人を自分の中に持っていたからあれが書けた。

 私は小さい頃、「私には、コペル君にとっての叔父さんにあたるような人がいないな」と思っていました。それがいつの頃からか、「私がコペル君の叔父さんになってあげよう」と思うようになったんです。鶴見俊輔さんが「20歳過ぎたら親は自分で選べる」ということをどこかでおっしゃったか書かれていたことに感銘を受けたことがあります。自分の中に第三者を持つという発想、自分のもっと奥にいて自分を俯瞰して見てくれる存在があるという発想があっていいんじゃないか。それは自分そのものではけっしてないです。自分そのものだとチームになりにくいですし。

ほんとうのリーダーのみつけかた
ーー今のお話をうかがいながら、カバーに使われているひろせべにさんの装画を見ると、ほんとうにその世界観とピッタリ重なります。

梨木:今回はとにかく急いで出版したかったので、担当の方がひろせさんに連絡を取り、彼女が今まで描いたイラストの中から使わせていただきました。よくもこんなピッタリの作品があったと思います。

ーーえっ。この装画、描きおろしじゃないんですか? びっくりです!

梨木:実はそうなんです。私も驚いています(笑)。

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