『SLAM DUNK』は“漫画のタブー”に挑んだ作品だった? 絶対的存在になった理由とその影響
名作漫画の遺伝子
「隙間を狙うべし」という考え方
話をバスケットボール漫画に戻せば、『SLAM DUNK』以後も、いくつかのヒット作や話題作が生まれているが、個人的には、前述の浅田弘幸による『I’ll〜アイル〜』と、藤巻忠俊による『黒子のバスケ』の2作を高く評価したい(注:『I’ll』の連載が始まった頃、『SLAM DUNK』はまだ物語の終盤を連載中だったので、厳密にいえば“『SLAM DUNK』以後”の作品ではない)。
『I’ll〜アイル〜』は、中学時代はライバルだったふたりのバスケ少年が、同じ高校に入学し、一時はやめようと思っていたバスケットボールに再び真剣に向き合う物語だ。スポーツ漫画である以上、当然、白熱した試合のシーンも描かれはするのだが、それ以上にページが費やされているのは、(作者がいっているように)「それ以外」の日常生活の描写であり、そのことが、ほとんど家庭のシーンなどが出てこない『SLAM DUNK』にはない魅力を、この作品に与えたといっていいだろう。また、主人公のひとりがいう、「たかがバスケットを本気でやろうぜ」という、『SLAM DUNK』のヒーローたちなら絶対にいわないようなセリフも痛快だ。
一方の『黒子のバスケ』について、まず何よりもいいたいのは、よくぞ『SLAM DUNK』という怪物的な作品が連載されていたのと同じ雑誌で、バスケットボールを題材に選び、しかもヒットさせた、ということである。なぜならば、『少年ジャンプ』でバスケを描く以上、どんな漫画を描いても、必ず『SLAM DUNK』と比べられるわけであり、作者にとってその乗り越えるべきハードルは、我々読者が考えているそれよりもはるかに高いものだったと思われる。
その作者――藤巻忠俊が狙った「隙間」とは、「(桜木花道も含めた)天才たちがひとりずつチームに集まっていく」という形で物語の前半を展開させていった『SLAM DUNK』とは違う、「天才を活かす才能を持った“影”のような少年が、別々のチームに散らばったかつての仲間たちと対決する」というとてつもない設定だった。これは『SLAM DUNK』との差別化どころか、なるべく主人公には“個性”を与えねばならないという「キャラ立て」の鉄則すら無視した、恐るべき逆転の発想だったと私は思う(もちろん、存在感のない“影”であるということが、この漫画の主人公の“個性”なのだが)。
いずれにせよ、この「隙間を狙うべし」という考え方は、一(いち)編集者である私が、出版界の未来を担う若い漫画家や小説家(とその卵)たちに伝えたい唯一のアドバイスだといっていいくらいのものなのだが、それ以前に、(出版関係者以外の)これから仕事で何か新しい「企画」を立てようとしているすべての人々にとっても、なんらかの参考になるかもしれない。
■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter:@kazzshi69
■書籍情報
『PLUS/SLAM DUNK ILLUSTRATIONS 2』
井上雄彦 著
価格:本体3,600円+税
出版社:集英社
公式サイト