パラリンピアンは一人ひとりが過酷な“リアル”を乗り越えているーー井上雄彦『リアル』が描く、真の強さ

井上雄彦『リアル』が描く“真の強さ”

 『SLAM DUNK』の作者、井上雄彦が『バガボンド』の連載開始から1年後、『週刊ヤングジャンプ』にて連載を開始したのが『リアル』である。この作品は障害、車いすバスケを通して結びついた登場人物たちが己の向き合っている現実(リアル)と戦い、葛藤する様子を描いている。

 物語は主に3人の人物を中心に描かれる。将来を嘱望されたスプリンターだったが、骨肉腫に侵され片足を切断。その後車いすバスケに出会い、日本代表候補に選ばれるほどの選手となった戸川清春。ナンパした女性を乗せてバイク事故を起こし、女性を下半身付随にしてしまい、自身も高校を中退。他人の人生を狂わせた加害者としての罪悪感と、自分自身の生きがい、目標を探して葛藤する野宮朋美。野宮と同じ高校のバスケ部のキャプテンで、学業も優秀、自らをAランクと称して周りからも一目置かれる存在だったが、盗んだ自転車で交通事故に遭い、下半身不随となってしまった高橋久信。

 この3人の誰が主人公ということは明確にはされていないが、おそらくは高橋が一番主人公らしい役割を担っているのではないだろうか。作中現在進行形で一番ハードな”リアル”を突きつけられ、向き合わされているのは間違いなく高橋である。下半身不随となってから仲間(と思っていた同級生)が誰も見舞いにこない。下の処理を(見た目が)気になっている看護師にされる。告白してきた後輩女子にはあっさり勘違いだったと撤回される。そして自分の足が二度と動くことがないという現実を知る。リハビリも思うようにできない、受け入れがたい現実がこれでもかというくらい襲いかかってくる今を、それでも高橋は生きなくてはいけない。ギリギリの状態の彼をそれでも支えてくれる人たちがいる。父親、母親、彼女、看護師はじめ、医療スタッフ。事故以前とまったく異なってしまった環境、変わってしまった目線の高さ。プライドを保つための要素もなにもない。例え下半身が動かなくても、車椅子での生活を余儀なくされても、自分の”リアル”を受け入れて、生きていかなくてはいけない。

 おそらく作者は高橋と車椅子バスケを出会わせることで、高橋を次の段階へ進めていくように、最初は構想していたのではないかと思う。ただ、作者の想像以上に、障害者となってしまった人間がそれを受け入れ前を向くということには、それ相応の覚悟とエネルギーと人生観をガラッと変えるくらいの衝撃的なきっかけが必要だったのではないだろうか? 高橋がバスケットボールともう一度出会ったとき、ちゃんと向き合うための準備をさせる必要があったのだ。

 そこで高橋の前に現れたのが、プロレスラーの白鳥だった。白鳥の登場からしばらくの間、『リアル』という作品はプロレス漫画に変容した。原チャリの事故で半身不随になった白鳥は、3カ月後にリングに上がるという、本人以外誰もが不可能だと思う目標を超え高々に宣言する。リハビリ仲間の高橋と花咲、肉体的な強さでいったら自身にまるで劣る二人に対しても、リハビリメニューで先に進んでいるという理由からすんなり先輩と呼び、あっという間に距離感を縮めてしまう。誰に対しても包み隠さず自分の感情の思うままに表現する白鳥の姿は、高橋の心の殻をたやすく通り抜けて、ダイレクトに高橋の”リアル”を揺さぶっていく。そして3カ月後、下半身が動かない、なにかに掴まって立つのがやっとの状態の白鳥は、観衆の、そして高橋、花咲の眼前で、リングに立ち、そしてヒールレスラーとしての役割を完全に全うして、試合を成立させてしまう。その奇跡のような姿は、高橋の心をこれ以上ないくらい揺さぶって、殻を完全にブチ破ってしまう(作中の表現はビンの中から出てくるというものだが)。その経験を経て高橋は、ようやく車椅子と、バスケットボールと素直な気持ちで、そして強い気持ちで向き合えるようになったのだ。

 なぜ高橋を成長させるのに、このタイミングでプロレスが必要だったのか。作者はプロレスの持つ強さ、「いろんなもんを混ぜこぜにして、全てを呑み込んで生きていく」という部分を描きたかったと後に語っているが、この作者の慧眼には感服するしかない。

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