ブレイディみかこが語る、イギリスのコロナ禍と市井の人々の生活 「おっさんにも人生があるし、おっさんは悪魔ではない」

ブレイディみかこが語る、イギリスのいま
『ワイルドサイドをほっつき歩け──ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)

 ブレイディみかこの新刊『ワイルドサイドをほっつき歩け──ハマータウンのおっさんたち』が、6月3日に筑摩書房から発売された。筑摩書房のPR誌である『ちくま』で連載されていた、ブレイディが周囲の中高年の友人たちを描いたエッセイをまとめたエッセイ集でもあり、EU離脱、移民問題、NHS(国民保険サービス)の危機などで揺れるイギリスの今を切り取ったノンフィクションとしても読むことができる。

 大ヒットとなった著者の前作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では、自身の息子に焦点を当て社会のあり様を描き評判を呼んだが、本作では“おっさん”(とその周りの人間たち)の姿を通し人生の悲哀やイギリスの市井に生きる人々を生き生きと描き出した。

 今回、リアルサウンドブックでは、イギリスに住むブレイディみかこにZoomを使用してインタビュー。世界に混乱をもたらした新型コロナウイルス感染症のイギリスでの実態や、新刊執筆の経緯、“おっさん”たちの今、そして本書を通じて伝えたかった思いも訊いた。(5月16日取材/編集部)

「コロナの沙汰も金次第」

リモート取材に応えるブレイディみかこ(本人提供)

ーー本の話に入る前に、やはりコロナ禍のことをお聞きしたいです。イギリスは、まだかなりシビアですか?

ブレイディみかこ(以下ブレイディ):こっちはもう、やや緩められた部分があって、ガーデンセンターみたいな植物を売っているような店がオープンしたり、DIYのお店に長蛇の列ができたりしています。仕事に関しては仕事場に行かないとできない人は行っていい、ただできるだけ公共の交通手段を使わないでとジョンソン首相が言ったりしていて、しかし歩いて行けない距離もあるわけで、はっきりしない感じです。

ーーブレイディさんご自身は基本的に家の中にいらっしゃるんですか?

ブレイディ:私もそうだし、この辺はみんなわりとそうです。これは『群像』の連載にも書きましたが、自宅が工事中なので、仮住まいでいつもと別の所に住んでいるのですが、このあたりはミドルクラスが住んでいて優雅です。

ーーブライトン(注:ブレイディが居住する町)ではないんですか?

ブレイディ:ブライトンの違うエリアです。このあたりは、普段から週に何回か会社に行きあとは家でテレワークをしているような会社の重役さんとか、そういう人たちが住んでいる地域で、コロナといってもいつもとそんなに変わらなかったりします。工事の様子を見に元の家にたまに帰りますが、こちらには労働者階級が多く、全然雰囲気が違いますね。スーパーに勤めている人、介護士や看護師、そういう仕事の人たちはいま、「キーワーカー」と言われてます。アメリカだったら「エッセンシャルワーカー」って言うのかな。要するにロックダウン中も社会を回すために働かなければいけない人たちです。両親ともにキーワーカーの子供は学校にも行っています。学校は休校だけど、父親が消防士で母親が看護師とかだったら、どちらも働かないといけないから、子供の面倒を誰かが見なきゃいけないじゃないですか。このあたり、「コロナの沙汰も金次第」じゃないけど、階級でこの危機の経験にも差が出てるのは感じます。

ーーとなると、労働者階級の人たちの方に感染者も多く出てしまう?

ブレイディ:そうなりますね。両親ともにキーワーカーの子供だったら、例えば両親が家で働いている人たちに比べると、感染の可能性は高いじゃないですか。そういう子供たちばかり集めて学校に通わせているから、その子供たちが一番リスキーなところに置かれているじゃないかという議論もある。と同時に、これは新刊を読んでいただければわかると思いますが、労働者階級の人たちは普段からけっこう人の付き合いがあるから、助け合って、スーパーで買い物して食べ物を運んであげるなど、いつにも増して繋がりが強くなっている側面もあります。

“いいお母さん”みたいなイメージになっちゃったらやばい

『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)

ーーではその新刊『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』の話ですが、「おっさんの話を書いて欲しい」という担当編集・井口さんの依頼は、とても意表を突くものだったとあとがきにありますね。

ブレイディ:私は、「保育士なの?」という点が珍しがられて、『子どもたちの階級闘争』という本も書いているので、子どもについて書いてくれとか、幼児教育、育児、子育てについて書いてくださいと言ってくる方がたくさんいらっしゃるんです。その中で、以前にもお仕事をしたことのある井口さんはそうじゃなくて、「おっさんを書いてほしい」という気持ちがハッキリとあったようです。

『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)

ーーそれは、以前からあったんですか?

ブレイディ:長いこと絶版になっていた『花の命はノー・フューチャー』を文庫(ちくま文庫)にしてくださったのは井口さんです。あの本は、単行本が出てから10年以上放置された本。みんな危険と思ったのか、元気のいい本だから、「復刊しよう」という人はいなかった。井口さんだけなんです、あれやろうと言ってくださったのは。その話をしていた時に、井口さんが、あの本に出てくる寂しいおっさん、悲しいおっさんの話が「すごくいい」って。おっさんについて書け、というのはそのあたりから派生した話だと記憶しています。

去年出た『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)がおかげさまで多くの人に読んでいただいたので、なんかお母さん専門みたいな感じになってきてるんですね。「育児のコツは?」みたいな。あの本を読んでくださればわかると思いますが、私は育児なんてなにもしてなくて、子供が勝手に育ってるんで、そのことに驚いて、こっちが学んでいるっていう本なんですけどね。育児や子どもの本の依頼が多かった中で「おっさんを書いてほしい」は全然違うし、だからうれしかったです。私、もともとこっちが先だったという感じがありますから。

ーーなるほど。せっかくZoomでつながってますから井口さん、そういうことでいいですか?

井口(担当編集):『花の命~』の中に、誰にも知られないで一人で死んじゃうおじさんの話があって、それがとにかく悲しくて。他にも心に残るおっさんがいたので、お願いしました。『花の命~』はブレイディさんならではのパンクな感じがして、そこがいいんです。

ブレイディ:“いいお母さん”みたいなイメージになっちゃったらやばいですよね(笑)。『花の命~』を書いた自分もいぜんとして存在しているので。

ーー登場人物の皆さんは、むろん名前は違うと思いますが、基本的に実際にいらっしゃる方ですよね?

ブレイディ:いらっしゃいます。モデルのおっさんたちとロックダウンに入る前に集まったことがあって、こういう本が出るという話をした時に、たとえば息子だとなにが書いてあるのかすごく知りたいと気になってグーグル翻訳したりするのに、おっさんたちは「またあることねえこと書いてるんだろ、お前」とか「売れたらみんなでラスベガス行こうとか」(笑)、そんな感じで気が抜けた反応でした。

ーーーハハハ。だいたい皆さん、ご近所やブライトンの方ですか?

ブレイディ:さまざまです。ブライトンの人も出てきますけど、ほとんどは連れ合いが昔育ったロンドンの友だちだから、エセックス州に住んでる人もいるし、まだロンドンのはずれにいる人もいるし。ただみんな南部の人ですね、北部の人はいないです。

ーー今回あらためてイギリスの地図を見ましたが、ブライトンって本当に南の端っこなんですね。

ブレイディ:これ以上南に行ったら海っていう土地です。

ハマータウンの“野郎ども”が、おっさんになっている

『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)

ーー『ワイルドサイドをほっつき歩け』というタイトルと、あと「ハマータウン」が出てきますけど、おっさんについて書こうかとなったときに、ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)は当初から意識していたのですか?

ブレイディ:『ハマータウンの野郎ども』に登場する少年たちの価値観っていうんですかね、体でやるのが本当の仕事、労働者階級の仕事こそ本物だと思ってる。これはうちの連れ合いにもあるんです。例えば私が一日家にいて、物を書いたりするのを、彼は本当の仕事だと思ってない。遊んでると思っている。ダンプを運転するような仕事、辛くて体を使ってする仕事こそが本物の労働だと思っている。『野郎ども』にも出てくるマッチョな価値観が、結局階級の再生産になっているんですけど、実は私のこともフルタイムの保育士時代のほうが本物の仕事をしている人としてリスペクトしていたと思う。それで「おっさんを書いて」と言われた時、「あの『野郎ども』に出てくる少年たちがおっさんになった姿を書こう」とピンときました。最初「ハマータウン」という言葉を入れたタイトルにしようと井口さんに提案したんですけど、もうちょっとポップなタイトルの方がいいんじゃないかという話になって、『花の命はノー・フューチャー』がセックスピストルズだったので、今度はルー・リードにちなんで『ワイルドサイドをほっつき歩け』で行こうと決まりました。

ーー「ほっつき歩け」という表現がすごくいいですね。

ブレイディ:セーフサイドに行けないというか、どこに向かうともなくほっつき歩いてる感じがありますよね、彼らを見ていると。

ーーエッセイに分類される本だと思いますが、冒頭に「主な登場人物」の一覧があって、まるで小説みたいで、読む人にとっては面白いしありがたかったです。

ブレイディ:それは、井口さんのアイデアです。親切ですよね。

ーー読み進めるのに非常に助かりました。おかげでだんだん自分の贔屓の人が出てきたり……。

ブレイディ:誰が好きでしたか?

ーーぼくはスティーヴさん。実はすごく親切なのに態度が基本不機嫌そうで、素直になれない感じにはグッと来ます。

ブレイディ:ああ! 彼は、今スーパーですごくがんばっています。やっぱり普通の状況じゃないから、スーパーの店員に悪態つく人とかいるんですよ、イライラして。そういう時に彼が出ていくと、強面なもんだから、相手はすぐ黙っちゃう(笑)。

ーーいいですね。この本にはおっさんばかりでなく、そのパートナーや女性もたくさん登場します。例えばレイとレイチェルみたいに、読み進めていくと関係性が変わっていく人たちもいます。そういう記述も、まったく見知らぬ人なのにハラハラしました。

ブレイディ:『ぼくはイエロー~』を書いた時はフォーカスがうちの息子に集中しているから、時の流れが割とゆっくりじゃないですか。でも今回はいろんな人について書いてるから、例えばレイとレイチェルもだんだん関係性が悪くなっていく模様がバックグラウンドで進んでいたんだけど、その間、違う人のことも書いてるから、2人がまた登場した時、突然パッと時が進んだような感覚があるのかもしれません。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる