日本女子柔道初の金メダリストが、小林まことに再びペンを持たせたーー『JJM 女子柔道部物語』が描く、恵本裕子の人生

『JJM 女子柔道部物語』レビュー

 漫画家としてヒット作を多数生み出し数十年、ついに引退を決意し、趣味の音楽活動に精を出す。そんな理想的なセカンドライフを満喫していたら、ある日突然ご近所に住んでいたオリンピックの金メダリストから連絡が来て、親交を持つことに。そんな(old)boy meets (JUDO)girlの奇跡は、引退を決意した男の心を突き動かし、再びペンをその手に取らせることを決心させる。そうやって生まれたのが『JJM 女子柔道部物語』(講談社)である。

日本女子柔道初の金メダリスト

 もう、ほんとにそんなことがあるのか?という二人の出会いの時点で側から見ているとすでに十分面白いのだが、引退を決めていた小林まことを突き動かしたのは、作品の原作者であり、アトランタオリンピック女子柔道61kg級金メダリストである、恵本裕子のキャラクターがもたらした強烈なエピソードの数々であった。この恵本裕子、日本女子柔道初の金メダリストであり、アトランタで柔道日本選手団が獲得したたった3つの金メダルのうちの1つを獲得した選手である。しかもこのとき恵本は高1の秋に柔道を始めてからわずか8年のキャリアで金メダルを獲得している。あのYAWARAちゃんこと谷亮子がバルセロナオリンピックに初出場してから(このとき女子柔道はまだ公開競技だったが)シドニーで金メダルを取るまででも8年かかっていることからも、いかに彼女の金メダルが快挙であり、歴史的なことなのかは想像するに難くないだろう。

 しかし、実はこの恵本裕子という女性はそれだけの歴史的な快挙を成し遂げていた選手なのに、アトランタ五輪後わずか数年もしないうちに、実に鮮やかに表舞台からフェードアウトしていた。シドニー以降、谷亮子をはじめ高橋尚子や吉田佐保里、伊調馨など女子アスリートが金メダルを獲得する機会が激増、国民的な知名度を持つ彼女たちがクローズアップされるというのもあっただろう。また一方で、90年代の柔道界は男子も含め抜群の知名度を持つスター軍団といっても過言ではなく、その中でも周囲からの期待値も低かった恵本の存在は、ほどなく国民の中からすっかり消え去っていくことになる。よくある、あの人は今的な番組でも取り上げられることもなく、忽然と姿を消してしまった幻の金メダリストだったのだ。

 そんな恵本裕子が語るエピソードの数々が、この作品にはぎっしりと詰まっている。もちろん小林まことが漫画作品としてそれなりにアレンジしている部分もあると思うが、基本的に彼女自身のエピソードにはほとんど脚色は加えられていないのではないのかと思う。以前、筆者が恵本裕子本人とお会いさせていただいたときの印象は、作中の神楽えも、そのままだったから、変にアレンジしなくても十分面白い話をたくさん持っている人なんだろうなということは感じることができた。小林まことが恵本裕子の話を聞いて、これを世に出すことが自分の使命だと感じたという話にも何の疑いもなくうなずける。一人でも多くの人に”恵本裕子という面白い人生を歩んできた人がいる”ということを知ってほしいと思わせるだけの魅力、そしてエネルギーを恵本裕子は持っているのである。

 本作はまだ主人公の神楽えも(恵本裕子)が高校2年生、柔道を始めてから1年と少しの時点のところまでしか進んでいない。入部当時から垣間見せていたその身体能力の高さが磨かれ、生来の負けん気もあいまっていよいよその才能を開花させる段階である。が、もちろんそこに対しての普段の部活動での質量ともに厳しい稽古の様子も描かれているのだが、決して単なるスポ根になっていないのは、えもの”10代後半の女子”な部分がそれ以上に描かれているからだろう。えも自身の直接的な恋愛描写はまだないが、部活内で異性を意識する感じだったり、柔道の力の上下より、彼氏がいる相手に対しての異常な敵対心、男子部員が腕立てをしながら思わず女子部員の胸に目がいくなど、そこに描かれているのは(当時の)リアルな高校生たちの青春である。まだえもも柔道が楽しくて、仲間といるのが楽しくて、そして試合で勝つのが楽しくて柔道をしている。そのリアルな感じを小林まことが表情豊かにキャラクターを動かし、テンポ良く描き進めていくことで笑いあり、感動ありの小林ワールドを作り上げているのはさすが巨匠のなせる技といえよう。

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