本の“装丁”にはどんな演出が施されている? 現役装丁デザイナーが著したお仕事小説『すべては装丁内』
一冊の本が生まれる過程には色々な人が関わっている。著者はもちろん、イラストレーターや編集者、装丁担当、校正・校閲担当者や印刷所などなど。本は映画やTVドラマのような集団作業の創作物とは違って、個人の表現と見なされがちだが、それでも本は著者1人の力で作られているわけではない。
メディアで語られる本の代弁者は著者ばかりである。本作りに関わる、著者以外の人々が本に対してどんな貢献を果たしているのかを知る術はほとんどない。
木緒なちの小説『すべては装丁内』は、そんな本作りにおける知られざる人の仕事を描いた作品だ。本書が取り上げるのは装丁デザイナー。装丁という言葉は聞いたことがあっても、実際の仕事内容は曖昧なイメージしか持っていない人が多いだろう。本書はそんな人のために物語の形式で、装丁とは何かを丁寧に説明してくれる。
本書の中の言葉を借りると、装丁とは「本の顔」だ。読者が最初に触れるのは、実は著者の書いた文章ではなく装丁なのである。普段はあまり意識されない、しかし読者に多大な影響を与えている装丁の世界を探検できる良書だ。
装丁とは読者と向き合う仕事
本作の主人公は、新人編集者の甲府可能子(こうふかのこ)。彼女は、SNSで話題となった女子高生詩人の書籍化に情熱を燃やしている。著者に熱意を伝え書籍化の承諾をもらい、指定の大御所イラストレーターに打診し承諾を得るも、表紙のイラストに文字を乗せないことを条件に出され、請け負ってくれる装丁デザイナーを探す。編集長に相談し、口は悪いが腕は一流の装丁デザイナー、烏口曲(からすぐちまがる)を紹介してもらう。装丁という、一般には内実があまり知られていない仕事を紹介するため、主人公を新人編集者に設定し、読者が主人公と一緒にゼロから装丁のなんたるかを学べるようになっている。
可能子の装丁に対するイメージはこのようなものだ。
「たしかに、レイアウトを決めたり文字の配置をしたりするのにはセンスがいる。だけど、手の込んだ一部のものを除いては、そこまで時間や手間がかからないように見える(P32)」
多くの人にとっても装丁とはこんなイメージではないだろうか。しかし、可能子は装丁の無理解を烏口に一喝され、プロの仕事人としての自覚のなさを恥じることになる。
烏口の印象的な台詞を抜粋してみよう。
「装丁ってのは本の顔を作る仕事だ。この本は誰に読んで欲しいのか。そしてどうやって手に取って欲しいのか、一番難しい、きっかけ作りをしていく仕事だ。(P63)」
「最大限の手段を持ってきっかけを作らなきゃいけないのに、最初から条件付けをしている時点で、もうこの本は読者から目をそらしているんだよ。(P64)」
可能子は、実際に過去に烏口が手掛けた本を手に取り、その言葉に偽りがないことに気づく。どの本の装丁も本の内容を的確に汲み取り、誰に読んで欲しいのかを的確に伝えていることに気がつくのだ。
外見は一番外側の内面という言い方があるが、それは本にとっても同じこと。外見に気を配らなければ、内面だって損なう。いくら素晴らしい内容であっても装丁をおざなりにしては良い本は出来ないのだ。