東野圭吾『クスノキの番人』爽やかファンタジーのようで実はミステリー? 遺憾なく発揮された作家の手腕

東野圭吾『クスノキの番人』を読んで

 東野圭吾には、ベストセラー作家の道を切り拓いた『秘密』や、映画化された『ナミヤ雑貨店の奇蹟』など、SFやファンタジーのアイディアを盛り込んだ作品が、少なからずある。本書『クスノキの番人』は、その系譜に連なる物語といえるだろう。願いが叶うというクスノキの番人になった若者を中心に、さまざまな人々の人生を活写した爽やかなストーリーだ。

 悪徳社長と衝突し、会社を辞めた直井玲斗。生活に行き詰まって会社に盗みに入り、捕まってしまった。しかし、柳澤千舟という女性に雇われた弁護士の働きにより釈放される。玲斗は知らなかったが、千舟は彼の伯母である。特に将来のことなど考えていない玲斗は、千船から命じられて“クスノキの番人”になるのだった。

 東京から電車で一時間、そこからバスと徒歩で到着する月郷神社には、巨大なクスノキが屹立している。大きな穴があって洞窟のようになっており、棚が作られ燭台が置かれていた。満月と新月の夜、そこで“祈念”をする人の世話をするのが、玲人の主な仕事だ。だが、祈念とは何かという、肝心のことは教えてもらえない。訳の分からないまま仕事を続ける玲斗だが、祈念中のクスノキに忍び寄る、佐治優美という女性を捕まえたことを皮切りに、さまざまな騒動にかかわっていくことになる。

 本書には、読者の興味を惹くフックが、幾つか掛けられている。もっとも大きなものは、祈念の謎だ。いろいろと細かいルールのある祈念とは何なのか。単に祈っているだけではないらしい。この秘密が、読みどころのひとつとなっている。

 さらに、祈念に訪れる人々の抱える事情も、注目ポイントだ。特に、佐治寿明という会社社長の件がクローズアップされている。先に名前の出てきた優美は、寿明の娘だ。父親が愛人らしき女性と会っており、おまけに月郷神社で何かをやっていることに疑問を覚えた優美は、真相を見極めようとアグレッシブに行動する。優美に好意を寄せるようになった玲斗も、それに協力する。ふたりの調査は寿明の兄にまで及び、意外な事実が次々に浮かび上がるのだ。それが、玲斗が祈念の真実を突き止めることにも繋がっていく。

 本書の核となっているアイディアはファンタジーのものだが、ストーリー展開はミステリーといっていい。多数のミステリー作品で発揮されてきた手腕が、本書でも遺憾なく発揮されているのだ。だから謎とその解明に、ページを繰る手が止まらなくなるのである。

 また、大場壮貴という若者の祈念の顛末も、巧みに物語に組み込まれている。なぜか祈念が上手くいかない壮貴。祈念の真実に気づいた玲斗は、それに基づき、壮貴の抱える秘密を喝破する。ここでも、ミステリーのサプライズが味わえた。

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