マレーシア発の学習マンガ『どっちが強い!?』が大ウケした理由 2月期月間ベストセラー時評

『どっちが強い!?』が大ウケした理由

2月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)
1位『The WORLD SEIKYO ワールドセイキョウ 2020年春号』聖教新聞社
2位『鬼滅の刃 しあわせの花』吾峠呼世晴 矢島綾 集英社
3位『鬼滅の刃 片羽の蝶』吾峠呼世晴 矢島綾 集英社
4位『反日種族主義 日韓危機の根源』李栄薫編著 文藝春秋
5位『熱源』川越宗一 文藝春秋
6位『はじめてのやせ筋トレ』とがわ愛、坂井建雄 監修 KADOKAWA
7位『こども六法』山崎聡一郎/伊藤ハムスター(イラスト) 弘文堂
8位『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治 新潮社
9位『ねことじいちゃん(6)』ねこまき KADOKAWA
10位『遊☆戯☆王 オフィシャルカードゲーム デュエルモンスターズ マスターガイド(6)』Vジャンプ編集部 集英社
11位『亡くなった人と話しませんか』サトミ 幻冬舎
12位『田中みな実 1st写真集「Sincerely yours…」』田中みな実 宝島社
13位『どっちが強い!? ゾウアザラシvsホッキョクグマ 氷上のドデカ対決』坂東元監修 KADOKAWA
14位『ポケットモンスター ソード・シールド 公式ガイドブック 完全ストーリー攻略+ガラル図鑑』元宮秀介&ワンナップ他 オーバーラップ
15位『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮社
16位『見るだけで勝手に記憶力がよくなるドリル』池田義博 サンマーク出版
17位『ライオンのおやつ』小川糸 ポプラ社
18位『70歳のたしなみ』坂東眞理子 小学館
19位『背高泡立草』古川真人 集英社
20位『おかあさんライフ。』たかぎなおこ KADOKAWA

マレーシア発の学習マンガ『どっちが強い!?』が生まれた背景とは

 日本の学習マンガ市場を席巻するアジア産学習マンガがある。ひとつは韓国発の『サバイバル』シリーズ(朝日新聞出版)、もうひとつが今回紹介するマレーシアのスライウムらによる『どっちが強い!?』(KADOKAWA)だ。最新巻は2020年2月に刊行された『どっちが強い!? ゾウアザラシVSホッキョクグマ』。

 このシリーズは日本だけで累計120万部を超え、危険生物ブームもあってシリーズの中では『サメvsメカジキ』『ヘビvsワニ』が特に売れている。また、同シリーズに登場する「Xベンチャー調査隊」の別チームが活躍する『恐竜キングダム』も東南アジアおよび日本でも刊行されている。

 『サバイバル』も『どっちが強い!?』も少年を主人公とし、アクションやバトル、ギャグなど子ども(特に男子)の心をつかむ要素が満載だ。フルカラーで右開きではあるが、日本の児童マンガ/少年マンガを読み慣れている人間には違和感なく読めるスタイルで描かれている。『どっちが強い!?』は、少年少女が2チームに分かれてそれぞれに世界各地に飛んでさまざまな問題を解決しながら、「ライオンvsトラ」「カバvsアフリカスイギュウ」のような戦闘力の近い動物たちの本気バトルを目の当たりにできるエンタメマンガ+科学解説記事で構成されている。

多言語、多宗教、多民族国家がクリエイティブ産業新興に力を入れた結果

 KADOKAWAは2013年頃から東南アジア進出に力を入れ、現地法人設立、現地企業との合弁企業設立、現地有力企業の買収、クリエイター養成スクール設立などを行っている。『どっちが強い!?』は、元はマレーシアのGALA UNGGUL社から刊行されたものだが、 同社をKADOKAWAが15年に買収(同時にKADOKAWA GEMPAK STARZに改名)。このシリーズは日本や東南アジアで成功しているが、なぜマレーシアから国際的なヒットとなるマンガが生まれたのだろうか?

 マレーシアは多言語(マレー語、中国語、英語)、多宗教(ムスリム六割、仏教二割、キリスト教一割、その他一割)、多民族(マレー系、華人系、インド系)の国だ。しかも子ども向けのために様々な表現上の規制に配慮する必要がある。

 マレーシアはムスリムが強く、彼らは偶像崇拝が禁止のため『ポケモン』すら問題にされたことがある。宗教的な規範のセンサーシップ機関があり、内容チェックをされるのだ。たとえばマンガの表紙に豚は出せないし(イスラームで神聖な生きものとされているため)、児童向けでも日本ではよくある男の子がチンチンを出すシーンがダメだったり、女性の服装も極端に短いスカートや体の線を強調したものはNGだったりと規制が厳しい。

 ダイバーシティに乏しい日本人社会ではなかなか線引きがわかりにくい細かい注意点にまで最初から配慮された、ムスリムも読める娯楽マンガが現地で描かれている。また、マレーシアは国がクリエイティブ産業の援助に手厚く、質の良い描き手を雇う&良い作品を提供するという好循環を形成している。アニメでも『ポケモン』や『妖怪ウォッチ』の制作を手がけるOLMはマレーシアにOLM ASIAというスタジオを設立したが、こういう背景からだ(「NNAアジア」2017年12月19日「日系アニメ・漫画の進出相次ぐ コミックフェスタでも存在感」)。

 隣国シンガポールも多民族・多宗教だが、人口500万人と市場が小さいこと、生活コストが高いことなどからマンガ産業・マンガ家はそれほど充実していない。シンガポールの公用語は英語だが、英語版だけでは東南アジアではマレーシア、シンガポール、フィリピンなどにしか届かない。そこでマレーシアのGEMPAKは作家を内製化し、はじめからマレー語版、簡体字版、英語版を制作するなど、コストを抑えながらも、島が多くて物流が大変な東南アジアでディストリビューションを握っているから強いと言われている。そもそもマレーシアのマンガ市場の主要顧客層は小学生で、平均年齢は7歳~12歳だという(JETRO「マレーシアにおけるコンテンツ産業調査(2017年)」)。

 世界の多くの国では今でも「マンガ=子どものもの」であり、日本マンガの輸出も児童~少年・少女マンガのほうが大人向けよりもしやすい傾向にある。「面白いものが読みたい」と思う子供と「勉強させたい」と思う親の双方に訴える学習マンガ分野のニーズは世界共通であり、コンテンツの輸出入がさかんに起こるのは必然だ。

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