紗倉まなが語る、ラベリングされた“役割”からの解放 「自分を演出するのはやっぱり窮屈」

紗倉まなが語る、“役割”からの解放

女性としての役割をまっとうした結果の傷痕は、美しいけれど、こわい

――「ははばなれ」は、母に恋人ができたと知った娘・コヨミの戸惑いから始まります。亡き父を想っていてほしい、という無意識の幻想。帝王切開の傷跡を残した母の女性性。これもまた、役割からの解放が描かれています。

紗倉:いまは帝王切開してもあまり傷跡の目立たない縫合をされるだろうと思いますが、私の母の時代はけっこう大胆に切り込みを入れられたみたいで、私を産んだときの傷跡が太く残っているんです。私はまだ子供を産んでいないし、産むかどうか、産みたいと思うのかどうかもわかりません。産んだところで母親になりきれるのか、ならざるをえなくなっていくのかも。幼いころから、母の傷跡は私の戸惑いを揺さぶる象徴でもあって、いつか書きたい、と思っていました。

――「これはコヨミの跡」と母はあっけらかんとしているのに、兄と父は「隠したほうがいい」という。それを理不尽と思いながら、同時に父や兄側にも立ってしまうコヨミの描写が印象的でした。

紗倉:子供が無事に生まれるために帝王切開という道を選んだのに、役割を果たしてくれた女性の傷跡を美しいと思うことができないどころか、露骨にいやがる男性の身勝手さが、女性からみると憎しみの対象になるのはよくわかります。男って繊細だから、なんて言葉が免罪符になるわけじゃない。でも、自分が男性だったら、やっぱりその生々しさにはおそれを抱いてしまうんじゃないか、という気もしてしまう。なるべく性差のない世界が理想ではあるけれど、どうしても生まれてしまうものについて考えずにはいられませんでした。

――先ほどの、男性のしょうもなさへの愛、とも通じるのですが、どちらか一方を断罪しすぎないフラットな目線は、どんなふうに培われたんですか。

紗倉:そうですね……。一人っ子だったので、両親が喧嘩しているときは中立な立場で仲介することが多かったせいかもしれません。両方の見解を聞きながら平等に慰めているうちに、こんなにも意見って食い違うものなのだと実感したり、これはわかりあえない部分があってもしょうがないのかなあと諦めたりしたことが、影響している気はしますね。あとは、昔から自分の女性性をあまり意識せずに生きてきて、母からも「あなたのことは息子だと思ってる」っていつも言われるんですけど、その自覚とは反した場所で“女性であること”を理由に論議がかわされることがある。男女という区別を明確にしたくない気持ちが強いぶん、どちらがいいとか悪いとか言いたくはないし、どうしても浮きあがってくる区別が気になってしまうんだろうと思います。

人はいつから肉親を自分とはちがう存在として認められるのか

――『最低。』では男女の身体を凹凸という言葉で表現していましたが、2作目『凹凸』ではまさにタイトルになっていますよね。「ははばなれ」では母が顔につけた傷跡を凹凸という言葉を使って描写されていて、3冊連続で凹凸という言葉を使われているのが印象的だったのですが、ご自身のなかに、なにかテーマとしてありますか。

紗倉:そういえばそうですね。無意識でした。ただ「凹凸」という文字のフォルムは好きです。テトリスのようにはめこまれ、それで一つの四角と成すことができる形状も含めて、対として存在する言葉の魅力は感じています。ただ、仕事をしているとセックスする機会もあって、男女の身体構造のちがいをはっきりつきつけられるので、自分をあらわす言葉としての意識も強いかもしれません。

――互いの違いを責め合うのではなく、うまいこと均していこうという小説から受ける印象とも通じます。血が繋がっていたとしても他者とは根本的にまじわることのできない孤独とか、それでも寄り添いながらともに歩んでいきたいという願いとか……そういうものも、この言葉には込められているのかなと勝手に深読みしていました。

紗倉:ある、かもしれませんね。血が繋がっているからと言ってすべてが許せるわけじゃないし、許せないわけでもない。とくに自分と同じ性をもつ母親に対しては、より強く求めてしまうものがあって、コヨミと同様に私も「母」という役割を勝手に背負わせている部分がある。母側もその期待を受けて「母らしくあらねば」と思うあまり歪めてしまった気持ちもあるでしょうし、逆に肉をわけた同性として娘に自分を投影しているところもあるでしょう。人はいつ肉親をひとりの人間として自分と切り離すことができるのか、いつか自立した状態で寄り添いあっていけるものなのか……。それは「春、死なん」にも通じる、私の課題ですね。

――紗倉さんの小説で「性」がテーマとなるのは、家族の役割やイメージを崩しかねないパーソナルな事象だからかもしれないと思いました。自分とはちがう独立した個人だ、ということを突きつけられる象徴というか。

紗倉:役割を押しつけ、背負いあうことで、どこかいびつなものが生まれてしまうその感じは、私だけなのだろうか。それともよその家庭でも同じなのか。今回の小説は、自分にもより問いかけながら書いていた気がしています。

――いま、改めて二作を読みかえしてみて、いかがですか。

紗倉:今日、何度もお話した役割からの解放というテーマを、書けたのはよかったなあと思います。自分とはちがう世代の心情に踏みこむ、というのもチャレンジできてよかった。だから、書けたことに対する幸福度はとても高いんですけれど、世に出したあとの評価はみなさんに委ねるしかないので、いまはそれを受け止める心持をととのえているところです(笑)。

――やっぱり、反応は気になりますか?

紗倉:そうですね……。AV女優という仕事柄、どうしても差別的な見方をされてしまう事があって。自分にいちばんしっくりくる言葉を探しながら、等身大の想いを綴っているつもりでも、「わざと難しいことを言おうとしている」「見栄を張ってる」って言われてしまうことが、しんどいなあ、やりきれないなあ、って以前は思っていたんです。でも歳を重ねるにつれて、だんだんそこも諦めがついてきたというか。私も昔よりは自分に向けられた厳しさを許せるようになってきて、どう思われてもしょうがない、自分が書きたいから書いたんだ、って思えるようになってきました。まだまだ正解は見つからないけれど、肩ひじ張らずに自分のテーマを模索していくことで、時間を割いて読んでいただく価値のあるものを書けていけたらいいなと思います。

(取材・文=立花もも/写真=信岡麻美)

■書籍情報
『春、死なん』
著者:紗倉まな
出版社:株式会社 講談社
発売日:2020年2月27日
定価 : 本体1,400円(税別)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000333397

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