パートナーとの関係に一般化できる“トリセツ”などないーー細川貂々×水島広子『夫婦・パートナー関係もそれでいい。』評

パートナーとの関係にトリセツはあるのか?

 「夫が嫌い!」という人にとってはつらくて長い正月休みだ。今年は4日5日が土日だったおかげで9連休の人も多い。他の長期休みにと比べ“夫の実家に泊まる”というイベントに参加している人も多いだろう。パートナーと居るのが苦痛だという人には悪夢のような9日間であるはずだ。そんな、夫婦・恋人・おひとりさまに関わらずパートナー関係に悩み疑問をもつ人は急増している。

 「世の中で一番夫がキライ」と言い切る女性に、どうして? と驚く『ツレがうつになりまして』作者の細川貂々。精神科医の水島広子と共作して対人関係療法をベースとした『それでいい。』を2017年に出版、2018年に続刊『やっぱり、それでいい。』を出し、昨年12月17日にシリーズ最新作『夫婦・パートナー関係もそれでいい。』が発売された。今作は冒頭の女性の発言から、惹かれあって結婚したはずなのになぜ? パートナー関係とはいったい何? と細川は考え始める。

 夫が嫌いという言葉は、珍しい言葉ではなくむしろ聞きなれたものかもしれない。しかしよくよく考えると身近な人間に対し、ネガティブな感情しか抱けないというのは想像以上につらい状況だ。近年、3組に1組が離婚しているというデータがあるが、実はそれは離婚件数が増えているのではなく婚姻件数が減っているからである。1970年に年間100万件だった婚姻件数が2018年は60万件にまで減少した。つまり離婚するようになったというよりは、結婚しなくなったというほうが正確なのだ。

 まだまだ「結婚して一人前」という空気は存在するが、事実婚やおひとりさまという言葉も耳慣れてきた。結婚も離婚も自由、パートナーを求めるも求めないも自由であり選択できるようになったからこそ、悩みが多様化しているように感じる。「夫が嫌いだけど離婚できない」というのもそもそも選択肢に離婚があるようになった現代ならではの悩みだ。50年前にはなかったパートナー関係の多様性が様々な悩みを作り出している。

 パートナー関係に特化した今作のような本は、実は意外なほどに少ない。パートナーという特殊で多様な関係性は一般化できないために、なかなか取り扱えないのではないかと推察する。そのため「夫が嫌い」や「妻の怒りがわからない」などの夫婦あるあるネタをまとめたものが多い印象だが、一番身近な存在であるパートナーとの関係を改善したいと悩む人たちにとっては、その答えのきっかけになる内容ではない。

 その様々な悩みを取り扱った今作品は、”ツレうつ”の夫のいる細川、外国に恋人がいるトモコさん、離婚した妻と友人関係を保っているジーさん、対人関係療法の専門家である水島の4人の対話を描いている。三者三様のパートナー関係だからこその考えや疑問は多岐に渡っており、話は夫婦関係・恋人関係に留まらずおひとりさまやパートナーとしてのペット、セクシュアル・マイノリティにまで及ぶ。

 『それでいい。』シリーズは、専門書でも自己啓発本でもエッセイ漫画でもなく、対人関係のための実用書である。良い関係を築くための良いコミュニケーションの取り方、DV・モラハラの構造、家族が病気になったとき等、様々な悩みを想定した内容はすぐに実践できるものもあり、心にとめておきたい数々の言葉がある。

 とくに印象に残ったのは、ASD(自閉症スペクトラム障害)の夫と妻の場合。相手の気持ちを想像しにくいという症状があるASDの夫の悪気のない発言で、妻が傷つき病んでしまう。妻が倒れて初めて自覚した夫が、一日一回必ず「気持ちをわかってあげられなくてごめんなさい」と言うことで、関係が改善したという例。これはすべての夫婦に必要なことではないけれど、その2人の関係性には有効な手立てであったということが、パートナー関係は一口に言えるものではないと改めて感じさせた。

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