『七つの魔剣が支配する』から「十二国記」シリーズまで タニグチリウイチが2019年のラノベ注目作を振り返る
異世界転移・転生物が全盛とは言え、ライトノベルで主力ジャンルのラブコメもしっかりとした人気を保っている。『このライトノベルがすごい!2020』で文庫部門5位、新作では『七つの魔剣が支配する』に続いて2位に入ったのが、二丸修一『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』(電撃文庫)だ。
丸末晴という男子高校生が恋心を抱いた、美少女で芥見賞作家の可知白草には、若手俳優として活躍している先輩の彼氏がいた。丸は告白してくれたのに振ってしまった幼なじみの志田黒葉の誘いに乗って白草への復讐を企む。素直になれず誤解が生まれてすれ違う男女の関係にやきもきさせられる展開の先、丸が封印していた過去の才能を復活させる感動のクライマックスを経て、三角四角と複雑化していく関係の行方を確かめたい。
ラブコメといえば、SF作家で日本SF大賞の候補にもなったことがある草野原々が、『これは学園ラブコメです。』(ガガが文庫)でラブコメに挑戦して話題になった。主人公の高城圭が、幼なじみや金髪の転校生や清楚な下級生といった美少女たちにモテモテになるラブコメ的な展開が、圭の交通事故死でいきなり破綻。これは拙いと作者が現れ、圭を生き返らせてラブコメ路線に戻す。ラブコメというジャンルのお約束に言及し、誇張して見せるメタフィクション的構造の上に“なんでもあり”というフィクションの敵を設定し、ラブコメにファンタジーやSFが混ざってハチャメチャになっていく展開に驚ける。
外からの挑戦では、長編アニメ映画『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』の平尾隆之監督が『のけもの王子とバケモノ姫』(ファンタジア文庫)でライトノベルデビュー。分厚い壁に囲まれた王国に人間が暮らし、外には動物のような姿のモール族がいて対立している世界で、追放された人間の王子を介して対立する種族が融和へと向かう展開を描いた王道ファンタジーだった。
テレビアニメ『けものフレンズ』の続編制作からたつき監督が外された後、新しいスタッフたちによって作られた『けものフレンズ2』に様々な視線が浴びせられたのは周知のとおり。その『けものフレンズ2』でシリーズ構成と脚本を手がけたますもとたくやが『きゃくほんかのセリフ!』(ガガガ文庫)。騒動についてぶちまけているかと思いきや、中身は無理難題を押しつけられる脚本家が、商品性としての落としどころを探りつつ、それでも作家性を曲げずに挑むという、クリエイターの苦悩と矜持が感じられる秀作だった。
彼女が年上だったりヒロインが母親だったりするライトノベルも、目立つようになって来た。2019年9月に出た篠宮夕『氷川先生はオタク彼氏がほしい。1時間目』(ファンタジア文庫)は、外で知り合ったオタク少女が実は学校の鬼教師だったという展開。「異能バトルは日常系の中で」シリーズの望公太が2018年に出した『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?~好きになったJKは27でした~』(GA文庫)は、タイトルにあるように27歳のOLと男子高校生のラブストーリーで、2019年8月に第4巻が出る人気シリーズになっている。
その望公太が2019年12月に出した『娘じゃなくて私が好きなの?』(電撃文庫)は、30歳を過ぎた女性が、引き取った姉夫婦の娘とは幼なじみの少年から告白されるという展開。年上ヒロインというジャンルを着々と築き上げている。母親といえば、井中だちまの「通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか」(ファンタジア文庫)も人気のようで、シリーズの刊行が続き2019年にはテレビアニメ化もされた。
見た目が若すぎる母親が苦手だった息子と、母親とが同じオンラインゲームに入って行動する中で、親子関係を見つめ直していく展開。反抗期にある世代が好むライトノベルで投げられたにも関わらず、母親ヒロインという曲玉がしっかり受け止められる状況に、ライトノベルの懐の広さが感じられる。
ベストセラーとなりながら、しばらく続きが出ていなかったシリーズが“復活”して、物語が動き始めた年でもあった。小野不由美の「十二国記」シリーズは、18年ぶりの長編新作となる『白銀の墟 玄の月』(新潮文庫)が4分冊で登場。発売を待ち望んだファンのため、2011年の谷川流『涼宮ハルヒの驚愕』(スニーカー文庫)発売時のように、日付が変わるのと同時に販売開始といった動きも出た。少女向けライトノベルとも言えそうな講談社X文庫ホワイトハートから始まったシリーズが、一般文芸として国民的な存在になったと言えそうだ。
18年ぶりといえば、1990年代のライトノベル界を背負い引っ張った神坂一「スレイヤーズ」(ファンタジア文庫)の最新作『スレイヤーズ16 アテッサの邂逅』が2018年に18年ぶりに登場したのに続き、第3部として物語が実質的に動き始めた『スレイヤーズ17 遙かなる帰路』が刊行された。見知らぬ街へと飛ばされたリナとガウリイのコンビが繰り広げる旅の行方は? 「十二国記」シリーズともども、令和と元号が変わっても共にトップクラスの存在感を見せるライトノベルとして、読み継がれていくことだろう。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。